CHASE:16 禁忌の力 -cardinal-
「察しが良いな。これがなんだか分かるか?」
不敵な笑みを浮かべながら、試験管を掲げる。
「そう。これこそが私の切り札、『アポカリプス・ウイルス』だ!!」
試験管の中身を一気に飲み干す。すると、プロフェッサーの体が不自然に歪み、突然その形を変えていった。
「みなぎる…。みなぎるぞ!!私の研究は完璧だ!!」
骨格が膨張し、体は元の二倍にも肥大化し、痩せ細ろえた筋肉はたくましく実っていく。
「グッ!!ゴァ…!!ア、アァ、ガァ!!」
不気味な体液を撒き散らし、背中から生えた二つの腕。まるでそれは、悪魔の翼のように。
音を立て、人間が禍々しい別の何かに変わっていく。
「こ、今度は何だ…?」
――これで今日三回目だ。心の中で悪態をつくカイム。
だが、その中でも一際『ヤバイ』何かが目の前で起こっている。それだけははっきりとわかった。
そんなカイムを余所に、オリバーは再び武器を構え、プロフェッサーへと走り出した。
「もうやめるんだ、こんなことは!!」
手にしたトンファから溢れる蒼い雷。それはオリバーの腕を包み、巨大な刃へと姿を変えた。
その一撃が、部屋中を光に包み込む。
「やったか!?」
それを見ていたカイム。オリバーにも確かな手応えがあった。だが…
「なっ…!?」
彼は無傷だった。
「どうしたオリバー君。君の力はこの程度か?」
変身を遂げ、アポカリプス・ウイルスと完全に一体となったプロフェッサー。
ゴルドーと同様、やはりその外見は人間とはかけ離れた姿になっていた。
背中から生えた二本の腕が、オリバーの頭を掴む。
「君は非常に優秀な人材だ。君のような人間らしい人間は、実に素晴らしい」
「――っ!!ぐっ…!!」
「オリバー!!」
ミシッ…と音を立て、オリバーの頭を掴む。カイムは落ちていたガラス片を掴み、プロフェッサーへそれを投げた。
しかしこの程度ではびくともしない。そんなカイムの行動などお構いなしに、プロフェッサーの話は続く。
「君のような人間は時として潜在能力以上の力を発揮する。愛情、欲望、憤怒…、どれをとってもそれは人間が産まれながらに持つ本能だ」
この時オリバーが一番に優先したのはなんだったのか。それは恐らく、エレナへの『愛情』。
「自分の感情をその笑顔で隠してきたのも、人間が進化の過程で培った生きるための知恵だ。私はそれを否定はしない。感情を押し殺したその仮面の下の君は、非常に美しかった。まるで子供のように人の温もりを求める君のその力は、私の研究データの採取に大いに貢献してくれたよ…オリバー君」
ゴルドーが欲望に忠実な人間ならば、オリバーは愛情に忠実な人間。
ただ、ゴルドーと違ってその感情を周りに悟られまいと、まるで仮面の如く笑顔でそれをひた隠しにしてきた。
――誰かに知られたくない自分を隠す。それもまた、人間らしいといえる。
「私はこの力でこの世界の王となってみせる。この力さえあれば、幾ら皇帝とて恐るるに足らず!!…見たまえ。人間の持つ力が、この世界の頂点に立つのだ!!」
「がっ!!ァア゛ア゛ア゛ァァァァーーーーッ!!」
握る力を更に強める。オリバーの頭が、ギシギシと音を立てている。
皇帝をも越える。高らかにそう宣言したプロフェッサー。
あくまで、彼は人間の力としてそれを成し遂げようと言う。
「好き勝手に…!!」
ルイスも動きだし、プールから溢れていた水をかき集める。
「螺旋激流!!」残っていた水で槍を生成するルイス。
だが、この攻撃もまるで何ともないように、プロフェッサーの動きは止まらない。
「そんな!?」
「フフフ…、この程度、避けるまでもない!!」
今度は反対側の腕で空を薙ぐ。強烈な衝撃波がルイスを襲う。予想以上に速いその攻撃をもろに喰らう。
「あぅ……っ!!」
壁に叩きつけられ、息がつまる。実年齢は上でも、5歳の体に今の一撃は辛い。
意識を失い、そのまま地面に崩れ落ちる。
「ルイス!?…よくも!!」
怒りを含んだカイムの声。先程のように拳に炎を宿らせ、プロフェッサーへと飛びかかる。
しかし、無言のままオリバーを掴んでいた手が動き、そのままオリバーをカイムに放り投げた。
「無駄だよ。君達が束になった所で最早私は止められん。この力で、私は王となるのだ!!」
――ところが。そう言って、プロフェッサーは動きを止めた。
「……いや、まだ足りない。最後の仕上げが足りない……」
「仕上げ…だと……?」
力なく、ぐったりとしたオリバーが体を起こそうとする。
プロフェッサーが歩みを続けるその先に居たのは――
「君が必要なのだよ…。限りなく不死に近いその命が。君の血液を取り込むことによって、私の研究は完成する!!」
――エレナだ。
「え…、エレナ……!!」
這うように、オリバーはエレナのもとへ向かおうとする。だが、それでは間に合わない。
「に、逃げるんだ…、エレナ…!!」
オリバーの必死な叫び。だが、エレナの体も思うように動かない。
正気を取り戻したとはいえ、未だに下半身は人魚の姿のままだったからだ。
ゆっくり、ゆっくりと迫る異形を前に、ただ怯えるエレナ。
彼女が後ずさる度に向こうも一歩、二歩…、まるで煽るかのように。
「まともに逃げられないのだろう?さあ、もう逃げ場は…っ!?」
エレナを追い詰め、その両腕を広げたとき、オリバーがプロフェッサーの首にしがみついた。
手にしていたガラス片を突き刺し、そこから電流を流し込む。
「ゴアァァァーーーーッ!!き、貴様!!」
「外側は丈夫でも、内側が脆いのは変わらないようですね…!!」
体内から全体へ広がる強い電流。効果はあった。
必死にしがみつくオリバーと、引き剥がそうとするプロフェッサー。
再びオリバーが電流を流し込む。怪物の叫びが、部屋中に響く。
「オリバー…!!これしきで私を倒せると思うな!!」
背中の両腕がオリバーを掴む。負けじとオリバーもしがみつく。
「王になる?人間の力が世界の頂点に立つだと…!!…そんな、そんなエゴの為にどれだけの命を犠牲にするつもりだ!!」
再び、部屋が稲光に包まれる。
これだけ至近距離で雷をぶつけようものなら、自分にもその影響は降りかかってくる。
それでもオリバーは攻撃をやめようとしなかった。――恐らく、己の命が尽きようとも。
「オリバー、もうやめて!!このままじゃ貴方が…!!」
エレナの叫びも、今のオリバーには聞こえていない。
ただ彼女を守るためだけに、彼は自分の命さえ投げ捨てるつもりだった。
「ガアアアァァァァーーーーッ!!…お、オリバァァアアーーー!!」
「――っ!!ぐっ…、離す……ものか…!!」
鳴り続ける雷。お互い満身創痍になりながら、意地の我慢比べ。
「こ、こんな事を続けても先に尽きるのは貴様だぞ!!無駄な事はやめろ!!」
「随分必死じゃないですか。先程みたいに…、余裕を見せてみたらどうです…かっ!!」
しがみつく力も、引き離す力も、次第に弱くなっていく。
しかし魔力を使い、消耗しているのはオリバーの方。このままでは先に力尽きるのはオリバーの方だ。
その光景を、エレナはただただ見ていた。
自分の愛しい人が、自分を守るために傷つき、命を犠牲にしようとしている。
それを見ることしか出来ない自分が、酷く無力に思えた。
「…だめ。オリバー…」
声を出そうとしても声が出ない。
「やめて、もう…」
エレナの声は届かない。
今にも尽きそうな自分の命を削り、それでもなおオリバーは自分の行動を止めない。
「…やめて!!オリバーーーーッ!!」
――えれ……な…?
その一瞬だった。オリバーのしがみつく力が緩んでしまった。
「――ァァアアアアッ!!」
プロフェッサーのその腕に引き剥がされ、そのまま投げられ、壁に叩きつけられてしまう。
「――は、ハァ…、ハァ…。ふ、フハハ!!どうだオリバー!!私の勝ちだな!!」
最早立ち上がる気力すら残っていないオリバー。苦しそうに息をする。
「終わりだよ、オリバー…」
背中の両腕から伸びた鋭利な爪を、オリバーに突き立てる。
オリバーをかばうべく、エレナは彼のもとへ這い寄ろうとした…が、どう見積もっても間に合わない。
(…え……れな………)
横目で見た、自分に這い寄る恋人。
朧気ながらも、彼の頭にはしっかりと理解できる。――彼女は泣いていた。
無慈悲な刃が、オリバーに降り下ろされる。
「いやぁぁぁーーーー!!」
悲痛な悲鳴の後、訪れたのは沈黙。それは、オリバーの死を意としない物。
降り下ろされた刃を、間に割り込むように素手で受け止めていた。
「…き、貴様!!」
オリバーとプロフェッサーの間に、割り込んでいたのは…
「カイ…ム……?」
その瞳に真紅の光を宿らせ、カイムは立っていた。
(う、動かない…?馬鹿な!!)
豪腕の一撃をカイムは素手で受け止めたどころか、力比べに勝っていた。
プロフェッサーが引き戻そうとした腕が、ピクリとも動かない。
「もう、充分だろ…」
静かに、しかし重く。カイムはゆっくりと口を開いた。
「これ以上、命を馬鹿にするなっ!!」
目を見開き、怒号と共に放たれた一撃。
その拳はプロフェッサーの顔面をとらえ、その巨体を軽々と吹き飛ばした。
ぶつかった壁が崩れ、瓦礫に埋もれる。
「…ば、馬鹿な!!私が、この私が!!」
信じられないと言わんばかりに動揺する。先程まで圧倒していた自分の力を、カイムは凌駕している。
まっすぐ、こちらを見据えるカイムが、視界から消える。
「……!?ど、どこに――っ!?」
現れたのは、自分の真下。一瞬で懐へと潜り込み、腹部に強烈な一撃。
「ゴハァ…ッ!!」
ボディブローに体がくの字に曲がる。続けざまに、下がった頭に再び強烈な一撃。
「…これが、人間の力か!?」
攻撃の最中、カイムが言う。
「…こんな、こんな化け物じみた力が、お前の言う人間の力なのか!!」
――ゴルドー、エレナ、そしてプロフェッサー。
それらがもし、人間の持つ力で進化したのだとしたら、一体人間とはなんなのか。カイムは叫ぶ。
「俺は認めない!!ただ傷付けるだけの力が、人間の力だなんて――!!」
今持てる全てを込めて。カイムの拳が、瞳が、一際強く紅く染まる。
「あるものかぁーーーーっ!!」
全力の一撃。切りもみ状に飛んでいくプロフェッサー。悲鳴をあげる余裕すら無かったようだ。




