CHASE:15 水底の泡沫 -torture-
圧縮された魔力が、カイムの背中で弾けた。その衝撃のまま、彼はエレナへと近づく。
だが、これを黙って見過ごすエレナではない。すぐさま水の槍を生成し、カイムを迎撃しようとした。
が…
「そうはさせるか!!」
矢継ぎ早に唱えた呪文。ルイスもエレナと同じ水の槍を呼び出し、相殺に持ち込む。
放たれた2つの槍は互いに衝突し、気泡となって消えた。
その間に、カイムはエレナの目前に迫っていた。拳を振りかざし、思いっきり突き出す。
『その拳でどうしようと言うんだ?滑稽だな。気でも狂ったかね?』
その様子を監視していたプロフェッサーは嘲笑う。実際、ルイスにもこの行動は理解出来なかった。
(カイム、何を…!?)
二人の疑問と裏腹に、迷いのないカイム。彼の前に、絶対防御を誇る水の壁が展開された。
ぶつかり合う視線。せめぎ合う拳と壁。ルイスの思った通り、次第にカイムが押し負けていく。
「カイム!!」
徐々に、徐々に、後ろへと追いやられていく。それでも踏ん張れるのは、ルイスの魔法があったから。
「もう止めろ、カイム!!このままだと…!!」
結果は見ての通りだった。しかしルイスは、ある異変に気がついた。
エレナの水の壁から、気泡が少しずつ浮かび始めたのだ。
「~~~ッ!!」
カイムは諦めない。力を込め、拳を突きだしている。その手に、赤い光を宿らせながら。
「…そうか、水を蒸発させているのか!!」
その言葉を合図に気泡がぼこぼこと大量に浮かび上がる。
あの壁が本当に水で出来た物ならば、熱を与えれば水温が上昇するはず。
カイムは、自分の熱の魔力で水の壁を蒸発させ、無効化しようと考えたのだ。
「――…がぁ!!」
最後の一押し。ありったけの魔力を注ぎ、一気に熱する。
「――ッ!!」
放出した魔力により出来上がった、一瞬の真空。その真空の隙に、オリバーが飛び込む。
「エレナァーーーーッ!!」
残ったのは薄い魔力の層だけ。通り抜けることは容易だった。
通り抜ける間際、泡が魔力の層に触れ、互いに破裂した。
そのまま彼はトンファを突き出し、ゼロ距離でエレナの身体に触れ、微弱な電流を送りこむ。
「ッ!!」
体内に電流が走った瞬間、エレナの身体は弾かれたようにビクンと痙攣した。
身体が麻痺したらしく、そのままうなだれる。同時に、水の流れは完全に停止した。
「ほぉ、麻痺させたか…」
マイクが拾えないくらいの小声でプロフェッサーが呟く。
エレナが動かなくなったのを確認し、ルイスが二人を泡に包んだ。
「やった…のか?」
「いや、まだです…エレナを目覚めさせる方法が何かあるはず」
浮力に支えられているものの、全く身動きが取れないエレナ。
ルイスは彼女を見つめながら、どこか弱点が無いか分析した。
「オリバー、エレナにいつもと違う部分は無いか?」
「違う部分といえば…髪を下ろしてることと、人魚の姿…――あ、額の宝石!?」
「そうだな…恐らくそれがエレナを操っているコアだろう。壊してみてくれ」
「分かりました」
泡から出て再度エレナに近づき、前髪を横に流すオリバー。額に埋め込まれた紫色の宝石が露わになる。
(これを壊せば、きっと君は元に戻る…そう信じてる)
軽く拳を握り、宝石にぶつけた。宝石は容易く割れ、ヒビ割れた破片が水中に散る。
「――っ!!」
もう一度泡に入ったオリバーの背後で、エレナがぷるぷると震え始めた。
その様子を、ルイスとカイムが訝る。そして、エレナが口を開いた。
「――オリバー…離れて……っ」
「エレナ…?」
不穏な空気の中、オリバーが振り返ると…
「んっ…あぁぁっ!!」
見れば、エレナが胸元を押さえ、激しく苦しんでいた。体内で月の力が暴れ始めたのだ。
「っあ…きゃあぁぁぁああああぁぁああぁぁぁぁ!!」
「エレナ!?」
「そんな!宝石は壊したはずじゃ……!!」
モニターの前で、遠隔操作器のボリュームを上げるプロフェッサー。
『彼女の力は、そう簡単に止められはせんよ…』
「うぅ、…いやっ……やめて!!」
エレナは自分自身で身体を抱きしめたが、痛みが鎮まる様子は全く無い。
それどころか、肌は宝石と同じ薄紫色に染まり、全身に浮かぶ紋様がエレナの体を侵蝕していた。
「くっ……がぁっ…キュァアアァ!!」
「エレナ…っ、エレナ!」
「だめだ!ああなればもう兵器化は止められない…彼女は兵器としての本能に飲み込まれつつあるんだ!」
「嘘だ!……エレナ!!」
ルイスが制するも、やはりオリバーの叫びは届かない。
彼女の肉体は悲鳴と共に兵器化を始めた。
妖艶な体つきを覆う装甲は強化され、鱗は棘棘しく、眼差しは鋭くなり…それはもはや人魚ではなく、「バケモノ」と化している。
やがて変貌を遂げた時、彼女は完全に生体兵器としての本能に支配されてしまっていた。
『今までのは茶番に過ぎん。ここからが本番だ…殺れ、エレナ』
「キシャァァアアァァァアァァァ!!」彼女の叫びが水槽の中でハウリングを起こす。
いくら水中とはいえ、音が反響して耐えきれない。耳を押さえうずくまる3人。
そんな彼らの周りを、エレナが半狂乱になりながら激しく動き始めた。――まるで、痛みにのたうち回るかのように。
その姿に、オリバーは絶望を感じていた。
「…もう、無理なんでしょうか…」
「諦めるな!!」カイムが強く激励する。
「コアを壊してこうなったということは、もしかしたらもう一つコアがあるかもしれない。それを探すんだ…ついでにオリバー、頼みがある」
「え?」
「妙案を思いついた。しばらく囮になってくれないか」
ルイスの提案に、にこりと微笑むオリバー。
「…それで彼女を助けられるなら、協力しますよ」
彼は再度トンファを構え、エレナを誘導した。
「エレナ、ついてきて!!」
オリバーの近くに接近したエレナが両手で水をかくと、ものすごい量の泡沫が3人の視界を阻んだ。
それを見たカイムが一言。
「これ…二人がどこにいるか判らないぞ…」
「大丈夫だ、安心しろ」
ルイスはオリバーの能力に全てを賭けていた。
「あいつは黄昏の隼だ。空軍のエースなら動体視力も、射撃能力も長けているはず。なら、あいつの可能性を信じるのが私達の役目だろ?」
…小さな身体でも、やはりルイスは物事を見通している。その観察眼をある意味尊敬するカイム。
「そう…だな。オリバーが引きつけてる間に、俺達は俺達がやれることを。…だが、一体何をする気なんだ?」
ルイスは水槽の外壁を見つめ、ニヤリと笑った。
泡沫の中から突然襲いかかるエレナ。
攻撃の素早さは格段にアップしていたが、しかしオリバーは動じず、冷静に突撃を避ける。
「キシャァァ!!」
くるりと向き直り、アッパーをかける。それもひらりとかわすオリバー。
彼はよけながら、エレナの身体に埋め込まれたコアを探すべく、装甲をチェックしていた。
ここで、近接技は当たらないと判断したエレナが遠距離攻撃に切り換えた。
間合いを取り、棘のような鱗を発射する。
この距離では回避出来ないと思ったオリバーはジャンプし、泡を上昇させた。
鱗は泡に当たる寸前で軌道がそれ、エレナはそのまま上昇したオリバーを追いかけた。
「…プロフェッサーはさっき、この外壁は頑丈だって言わなかったか?」
カイムの問いに対し、ルイスが解説をする。
「頑丈というのはあくまで対生体兵器における話だ。単に生体兵器がこの壁を壊すことが不可能ってだけで、物理的に膨大な負荷を加えれば壊すこと自体は可能なんだ。そこでお前と私の力が必要になる」
ルイスの詳細な分析について行けないカイム。
「…?つまりどうすれば?」
「まず私の氷の魔法でこの壁を最大限に冷やし、次にお前が炎の魔法で最大限に熱する。これを延々と繰り返すだけだ」
実際にその手順で壊せるか疑わしいカイム。
「ま、やってみれば判るさ」
「…解ったよ。お前が言うなら手伝う」
そして二人は、同時に壁に片手を付いた。
オリバーを追いかけた矢先に、エレナは突然頭を押さえ、苦しみ始めた。
「助けて……痛い、オリバー…」
正気を取り戻したのか、弱々しく声を上げるエレナ。
「エレナッ!?」
彼女の身を案じ近寄るオリバー。しかし次の瞬間、エレナは彼に襲いかかった。
どうやらそれは彼を油断させるためのフェイクだったらしく、唯一のガードである泡を水かきで割られてしまう。
泡沫に阻まれ、ルイスに助けを呼べない状況で空気を無くすことは死に等しい。
「ッ、しまっ…!」
すかさずエレナがオリバーに抱きつき拘束する。
なまめかしい胸が彼の胸板に密着すると、彼女の背中に装着された電磁ケーブルがまるで触手のように蠢き、彼の体に絡みついた。抵抗する手段はもはや残されていなかった。
(エレナ…ごめん――)
オリバーが死を覚悟した、その時。
パリィィィィィン!!
突如水槽の外壁が割れ、中の水が大量に外に漏れ出した。
オリバーは水面付近に居たのでなんとか顔を出し、呼吸が出来るようになった。漏水で水かさがどんどん減っていく。
「離れろ!」
カイムがハンドガンで威嚇射撃をすると、エレナはオリバーの拘束を解いた。
「キシャアァァ…」
やがて水はすっかり抜け、エレナは完全に動けなくなった。
悪あがきで暴れるも、尾ひれがびちびち跳ねるだけである。
「オリバー、コアは?」
「恐らく…」
彼はトンファを尾ひれの装飾部分に当て、宝石を壊した。
「…これで終わりでしょうね」
「キュ…ァア…あ……んっ…」
月の魔力の呪縛が解かれ、エレナが元の姿に戻った。
「エレナ…良かった…!」
オリバーがエレナをぎゅっと抱き寄せる。抱擁の後、彼女は胸元に手を置いて言った。
「ありがとう、オリバー…まだ所々体が痛むけど…きっと元に戻るわ」
兵器として改造された装甲はそのままで、未だに尾ひれが残っていた。
「僕一人じゃ君を助けられなかった。彼ら…カイムとルイスの協力があったお陰で上手く行ったんだ」
「そう…ありがとう。優しいお兄さん、と…ちびっ子?」
その言葉にルイスはカチンと来た。
「ちびっ子ゆーな!!私にはルイスというれっきとした名前が」
「落ち着けルイス!」
カイムがルイスを抑えこむ。
「まぁ、なんて気の強い子なのかしら」
「むぐーっ!!」
ルイスとエレナがいがみ合っていたその時、フロアに足音が響いた。
「!!」
警戒する4人。足音の主が現れると、オリバーとカイムが立ち上がる。
「エレナは取り戻しましたよ!!」
「さぁ、観念してもらおうか…プロフェッサー!!」
「くくくくく…」
不気味な笑い声を上げながら、彼は白衣のポケットから試験管を取り出した。
「これが何だか分かるかね…?」
「それは!!」
試験管に入っていた液体を見て、ルイスが叫んだ。




