CHASE:14 忌まれし水妖 -cacophony-
プロフェッサーが指を鳴らすと共に、ルイス、カイム、オリバーの足場が突如無くなった。
なすすべもなく、真っ逆さまに落ちていく3人。
その先には巨大な水槽があり、大きな水しぶきを上げてそのまま水中に突っ込んでしまう。
息が出来ずもがく3人。気付けば目がものすごく痛くなり、とても開けていられない。
『その水槽には海水を引き込んである。せいぜい苦しむが良い…』
水槽の端に取り付けられたスピーカーから、プロフェッサーの声が水中に響く。
彼は先程の部屋のモニターから、水槽の中を監視していたのだ。
カイムが視線を前に戻すと、近くで水が渦を巻く音がした。エレナがこちらに近付いているらしい。
息が保たないので、やむなくルイスが魔法をかける。
「大気!!」
水中に大気の泡が発生し、3人を包み込む。この泡の中なら息が出来るようだ。
「はぁ…、助かりました」
目をこすりながらオリバーが礼を言う。
「これは一時的な物だ。魔法攻撃を受けるか空気が切れれば泡は弾ける。なるべく割らないよう気をつけてくれ」
その間にもエレナはこちらに迫ってくる。
「――カイム、右だ!」
「うわっ!?」
言われるままにエレナの突進を避けるカイム。
「くっ…彼女が傷付かずに済むには、どうやって攻撃すれば……」
エレナはくるりと向き直ると、腰に装着された魚雷を発射した。
「来るぞ!!」
「守護!」
ルイスの警告に応じ、オリバーが周囲に結界を張る。
魚雷は結界に跳ね返され、水槽の壁に直撃して爆発した…が、壁は無傷だった。
「水槽がビクともしない!?」
『その水槽は頑丈な造りでな。ちょっとやそっとの攻撃じゃ壊れないぞ』
スピーカーから、ご丁寧にプロフェッサーの解説が入る。これでは水槽を壊すことは出来なさそうだ。
「参ったな…何か手は……」
エレナが尾ひれを使って波浪を巻き起こす。散り散りになりながらも、打開策を練る3人。
「僕の雷の魔法では皆さんに被害が及ぶかもしれない…危険過ぎます」
「となると…そうだカイム、トンファは!?」
ルイスが思い出したように叫ぶ。
「あるぞ!!今すぐ返すか?」
「返してくれるんですか…?」
「今は彼女を助けるのが先決だ!!」
苦い顔をするオリバー。
「…解りました。どうすれば良いですか?」
「波浪を避けてトンファを投げる。それからルイス、お前の所に行く」
「え!?」
「無茶ですよ!!」
二人の忠告を無視し、トンファを投げる体勢を取る。
「俺が居ればルイスは本気を出せる。そっちに行ったら沢山魔法を使ってくれ」
「…溺れ死んでも責任は取れないからな!!」
半ば自棄になるルイス。
「大丈夫だ。俺は溺れない!!」
カイムは言いながら、波浪の切れ間を目で追った。
(………今だ!!)
「受け取れ、オリバーっ!!」
全力でトンファを投げ込む。と同時にカイムの泡が弾けた。続けてオリバーがトンファを受け止める。
その一瞬の間にカイムは気合いで泳ぎきり、ルイスの泡の中に入った。
「げほっ……はぁ…」
「まさか本当にやりきるとはな…」
「な?…言った通りだろ?」
カイムがびしょ濡れの顔で微笑む。
「分かったから…で、オリバーは?」
「エレナ…目を覚まして下さい!!」
不本意ながらトンファを構えるオリバー。エレナを止めるには戦うしかない。
その様子を嘲笑うプロフェッサー。
『無駄だ。彼女は私の命令しか聞かないようプログラムしてある。貴様らの声など届くはずがない』
オリバーを見つめるエレナの虚ろな眼差し。その瞳に映るのはかつての恋人ではなく、敵。
それを認識した彼女の周りに、無数の渦が生まれる。次第に渦は形を成し、鋭利な槍と化す。
「来るぞ!!」
カイムの忠告から間もなく、全ての槍が彼らに牙をむく。しかし慣れない水中ではろくに回避できない。
「守護!!」
再びルイスが唱えた防御の魔法。魔力の壁に阻まれ、水の槍は音もなく消え、気泡となり浮かんでいく。
「そっちがそう来るなら…こっちだって!!」
ルイスが再度魔力を練る。ぶつぶつと早口で詠唱するのを、カイムは隣で聞いた。
そして生成される、エレナと同等の水の槍。ギリギリまで殺傷能力を落とし、エレナへ放つ。
「螺旋激流!!」
高速で放たれた槍は、まっすぐエレナへ飛んでいく。
ところが彼女はそれを避けるどころか、水を払うように腕をないだ。
すると水の壁がエレナを包み、ルイスが放った魔法は水の壁の中へと消えていった。
「あんなことも!?」
展開された鉄壁の防御。
水という限られた属性の魔力しか練れないこの空間では、あの壁を越えることはできそうにない。
「下がってください。これを使います」
そう言ってオリバーが取り出したのは先程のマグナム。弾倉には4発の弾丸。
「中から撃ちます。カバーを!!」
当然、銃は水中だと弾丸が湿気って使い物にならなくなる。
が、この大気の泡の中なら濡らさずとも銃を撃つことが可能だ。
しかし、撃ち出された弾丸により泡は弾け、オリバーは水の中に投げ出されてしまうだろう。もちろん、銃もその時一緒に濡れてしまう。
だからこそ、一発。それがオリバーに許されるチャンスだった。
(動きを止めるには…これしかない!!)
引き金をひき、弾丸が放たれた。大気の泡の中で弾丸は加速する。
間もなく、弾丸は泡を突き破り水中へ突入した。
大口径のマグナムはその加速を失わず、エレナへと一直線に飛んでいく。
(…エレナ、ごめん!!)
水の中でも加速を失わない弾丸。むしろ更に速度を増している。
オリバーは弾丸の内側に魔力を込めることで、着弾と同時に微量の電気で体を麻痺させることを狙った。
とはいえ速度を増した大口径の弾丸なら、当たり所が悪かった場合、怪我だけではすまない。
狙ったのは、魚雷が取り付けられている腰の金属部分。そこから体内へと魔力を流し込もうとした。
「――ッ!?」
弾丸に込められた僅かな魔力を感知し、エレナは再び水の壁をつくる。
(頼む、うまくいってくれ!!)
水中に投げ出され、波に飲まれゆくオリバーには何も見えていない。目をつぶり、ただ祈る。
壁の中で、その力を未だ失わない弾丸はゆっくりと進んでいく。
――突破される。そう思うや否や、次にエレナは両手で水を払った。
すると壁は渦のようにとぐろを巻き、その回転を増した。
弾丸に対し正面からぶつかるのではなく、横から受け流す。それがエレナの判断だった。
「大気!!」
ルイスの魔法が、水中に投げ出されたオリバーを包み込む。
「そんな…」
オリバーの祈りも虚しく、放たれた弾丸は狙いを大きく外れた。
流された弾丸は水槽のガラスに当たり、推進力を無くして水底へ沈んでいった。
『そんなちゃちな攻撃では彼女は止められんよ。攻撃するだけの単細胞とは違うのだから』
スピーカーから聞こえるプロフェッサーの声。
『さあどうする?このまま彼女に殺されるか?それとも自ら彼女を手にかけるか?二つに一つだ』
「黙れ!!」
迷いを振り払うように声を荒げるオリバー。
(まずはあの壁を越えないと…でもどうすれば…)
攻撃を貫通させるには壁を越えなければならない。カイムも思考を張り巡らす。
…が、そんな暇も与えず再び生成される水の槍。先程よりも数を増やしている。
(せめて、魔力を無効化できれば…)
――無効化。
(そうか!!)
一瞬の閃き。カイムの頭に、1つのアイデアが浮かんだ。それと同時に放たれる水の槍。
「オリバー!!あんたの武器だ!!」
「…僕の?そうか!!」
カイムの考えはオリバーにも伝わった。
「守護!!」
まずは飛んできた水の槍を相殺する。ルイスの魔法が、再び3人を守る。
「あれが魔力で作られている壁なら、あんたの武器で無効化できるはずだ」
オリバーが持つトンファは特殊な金属で作られており、半径30cm程度の魔力なら無効化できる。
それを使えば壁を越えられるとカイムは考えたが、ルイスはそれを否定した。
「無理だ。それじゃ突破できない。あの壁を生成しているのは魔力だが、壁自体はただの海水でしかない。近づいたとして、壁に阻まれるか迎撃されるか。結果は見えてる」
ルイスは優秀な魔法使いだ。魔力の流れを感じる事も出来る彼女の言い分も最もである。
実際、エレナに近づくことさえままならない。
「なら、どうやって…!!」
考える間もなく、エレナが攻勢に出る。今度は水の槍ではなく、両手を下から上へと薙いだ。
すると水は刃となり、交差しながらこちらへ牙を向いた。
「…くっ!!止めるんだエレナ!!こんなこと、本当の君は望んでいないはずだ!!」
オリバーの叫びが水槽の中に反響する。それでもエレナは顔色一つ変えず、攻撃を再開した。
『無駄だと言ったろう。もう君の声は届かない。君の知っているエレナはもういない。彼女は心無き兵器なのだよ』
なおも止まないエレナの無慈悲な攻撃。
「――ッ!!」
再び放たれた水の槍。今度はオリバー1人に向けられている。
(どうしたら…。僕は、どうしたら…!!)
迷い。その一瞬がオリバーの行動を遅らせた。
「オリバー!!」
カイムの叫びが木霊する。しかし、時既に遅かった。
「がっ!!…ッ!!」
泡を突き破り、オリバーの肩に一本の槍が突き刺さる。
続く二、三本は体をひねり、トンファを使って迎撃する。
水を固めているのは魔力なので、これは無効化できた。
肩から溢れ出る鮮血。ルイスの魔法が、再びオリバーを拾う。
泡の中で、肩を押さえながら悔しげにエレナを見つめるオリバー。
『どうした?君ともあろう者が血迷ったか?やはり愛しい人を前にすると、人はその仮面を被れないということか』
高見の見物。スピーカーから聞こえるプロフェッサーの声に、カイムの苛立ちはつのる一方だった。
(アイツは…。アイツだけは!!)
ぐっと拳を握ったその時。自分の拳が、熱を帯びているのに気がついた。
(熱…。俺の魔法…)
ルイスによって目覚めた、カイムの内なる力。
「そうか…。分かった!!」
「ど、どうした急に?」
二度目の閃き。突然声をあげたカイムに驚くルイス。
「ルイス、俺をエレナのところまで飛ばせるか?」
「できることはできるが…、何をするつもりだ?」
「試したいことがあるんだ。頼む!!」
突然の提案。戸惑いながらも、彼女はカイムを信じることにした。
ゴリアテを倒した時のように、きっと今回も。そうルイスは感じていた。
カイムは思いっきり息を吸い込み、泡の外に出てルイスを待つ。
「いいな?いくぞ!!少し痛いが我慢してくれ!!」
水の中では喋れない。返答の代わりに頷くカイム。
それを見て、ルイスはカイムの背中に両手を押し当てた。
「衝撃!!」




