CHASE:13 囚われの姫君は操り人魚に姿を変える -irony-
静まり返った劇場を歩くと、巨大な扉を目の前にした。
「このホールに、地下に通じるゴンドラが隠されています。離れないで付いてきて」
重い扉を開け、中に入る。やはり照明の類は灯っておらず、外の光は入らない。
扉からの僅かな光がなければ、この劇場のホールは、完全に真っ暗になる。
迷いのない足取りで進むオリバー。それに続くカイムとルイス。その瞬間、突然扉が閉まった。
「!?」
完全に暗闇に包まれたホール。何が起きたのか確かめる前に、今度はスポットライトが当てられた。
「…な、何が!?」
見れば、照らされていたのは自分達だけではない。舞台の方にも明かりが灯っていた。
その舞台下から現れたのは、人形。その風貌は、まるでお姫様の様。
「昔々、悪い魔法使いに捕まってしまったそれはそれは美しい姫君がいました。高い塔の頂上に囚われ、いつか助けに来るナイト様を待ち続けます」
スピーカーから聞こえてきた声。ゴルドーだ。
「『あぁ、ナイト様。私は信じています。いつの日か、私を救いに来てくださることを。私はその日まで、貴方様を待ち続けます』」
姫人形が身ぶり手振り動く。両手を組み、騎士が助けに来るのを祈っている。
一旦舞台のライトが消え、今度は反対側からライトが点く。その光に当てられて、またも人形が。
「『姫よ!!貴女のナイトが今、助けに参ります!!』」
鎧を身に纏った騎士の人形。腰に挿した剣を引き抜き、高らかに空に掲げる。
「姫を助けまいとたぎるナイト様。目の前にそびえ立つは魔法使いの塔。そこに待ち構えるのは、恐るべき罠でした」
騎士人形が舞台を歩くように移動する。すると、その足元から鋭利な刃が幾つも飛び出した。
人形が串刺しになり、赤い液体が流れる。滴る液体は、恐らく絵の具だろう。
「踏み入れた途端に、魔法使いの居城はナイト様に牙を向きました。彼は串刺しにされ…」
まるで傷を負ったかのようによろける人形。今度は天井から矢が放たれた。
一本一本突き刺さる度、飛び散る赤い液体。
「弓で射抜かれ…」
騎士に飛び付く黒い異形。まるで蜥蜴のような皮膚に、鋭い爪。
騎士はその爪に引き裂かれ、ズタボロになっていった。もはや人形としての原型を留めていない。
「勇敢に乗り込んだナイト様の力も及ばず、彼は魔法使いの手下の餌食となってしまいました」
再び消える照明。もう一度点灯したその時、舞台の真ん中には磔にされたお姫様の人形があった。
「『あぁ、私は貴方を信じていたのに…けれど貴方は来なかった。私のナイト様、どうか私を救いに来てください』…お姫様の救いを求める声も虚しく、ナイト様は現れませんでした」
次に出てきたのは、魔法使いに似せた人形。
「するとどうしたことでしょう。悪い魔法使いが杖を振ると、次の瞬間、なんと磔にされたお姫様は、哀れにも醜い怪物へと変わり果ててしまったのでした」
ナイトは既に居らず、姫は怪物に。最悪の物語だった。
次いでそんなことはないと言わんばかりの盛大な紙吹雪が舞い散った。
舞台の幕が降りると同時に、ホールに明かりが灯される。
「どうだね?」
舞台袖から現れたのは、ゴルドー。
「脚本、演出、音声。すべて私の監修だ。楽しんでいただけたかな?」
「――相変わらず趣味の悪い人だ。物語はハッピーエンドで終わらせるのが相場と決まってるんですよ?」
オリバーが返す。その口調は相も変わらず冷静だった。
「いやいや、そうとも限らんさ。例えば、君と彼女のように」
その言葉を皮切りに、オリバーを纏う空気が変わる。
この人形劇は、やはりオリバーとエレナの境遇を描いたのだろう。それをゴルドーが皮肉ったのだ。
「君も哀れだな。あのまま逃げてさえいれば、まだ長く生き長らえたものを。それほど彼女が大事か?」
余裕の笑みを浮かべ、オリバーへと歩み寄るゴルドー。
オリバーはただ黙って、ゴルドーの言葉を聞いていた。
「だが、それも徒労に終わったな。アポカリプス計画は最終段階に入った。君のお姫様は、既に醜い怪物へと変わり果てているだろうよ。殺戮しか知らない兵器に」
――ゴルドーの口から出た、あまりにも残酷な宣告。
「――エレナが…」
動揺。それはオリバーの後ろにいたカイムとルイスにも、ひしひしと伝わってくる。
「まさに悲劇だな!!大切な物を奪われて悔しいか?守れなかった自分が憎いか?お姫様は醜い怪物へと姿を変え、そしてナイト様は…」
その時、突如ゴルドーの体が不気味な音を立て変形し、膨張していった。
肌の色がどす黒くなり、手からは巨大な爪が生え…間違いなく、先程人形劇に現れた怪物だ。
「これは…!?」
カイムが戦慄する。その問いに、ルイスが答えた。
「人間が怪物になる薬…生物兵器の一種だ…」
すると、ゴルドーが声を張り上げた。
「この私に、殺されるのだぁーーっ!!」
辺り構わず殺気を撒き散らし、敵意をむき出してこちらへ近づいてくる。
巨体に似合わぬ俊敏な動きで、オリバーとの間合いを一瞬で詰めた。
「危ない!!」
カイムが警告した時、ゴルドーはオリバーに向かって、その鋭利な爪を振り上げていた。
「死ねえぇぇええーーー!!」
そして、それを勢い良く降り下ろした。
が、それが降り下ろされる前にオリバーは動き、ゴルドーの顔面に思いっきり拳を打ち込んでいた。
オリバーの一撃がゴルドーに炸裂し、その勢いのまま地面に叩きつけた。
その瞬間、一斉に広がる青白い稲光。部屋全体が、オリバーの雷に包まれた。
「――稲妻ッ!!」
「ギャアアアァアアァアアーーーーーーッ!!」
断末魔を上げ、ゴルドーが倒れる。――オリバーは今、猛烈に怒っていた。
元の姿に戻りつつあるゴルドーを、全く感情の無い瞳で見据えたルイス。
「――こんな陳腐な研究、単なる傲慢の産物に過ぎん…実に下らない」
オリバーの無言の怒りを代弁しているのか、それとも彼女自身が怒っているのか、誰にも解らなかった。
しかし、あまりの無感動さに、かえってカイムは違和感を感じた。
「…行きましょう」
沈黙を打ち破り、オリバーが歩き出す。若草色の瞳にゴルドーの姿が映ることは、二度と無かった。
一方、生物兵器「P-407」は起動への最終調整段階に差し掛かっていた。
「我が最高傑作よ…ようやく日の目を見る時が来たぞ…」
プロフェッサーは眼鏡のレンズ越しに大型カプセルを見つめていた。
カプセルの中で眠りにつく妖艶な女性。
かつての面影を残しつつも、機械的な人魚の姿へ変わり果て、額と尾ひれに紫色の宝石を埋め込まれていた。
「ついに…ついにこの時が……」
待ち焦がれたモノを望む、狂気に染まった瞳。彼はなぞるようにカプセルの外壁に触れた。
するとカプセル内にレーザーの照射口が現れ、宝石に向けて月の光が照射された。
その光は宝石を通じ彼女の体内に直接働きかけて魔物化を促しているらしく、彼女は逃れようのない疼きに身をよじらせた。
「あぁ…っ、きゃぁぁぁぁぁぁ!!!」
肉体が組み変わる嫌な感覚。全身が妖しく光り、腕や首筋に電子回路のような模様が浮かび上がる。
やがて痛みは更に激しさを増し、思わず呻き声が漏れてしまう。
「や…っ、おり…ば…ぁ……たすけて…っ」
意識が朦朧とする中、必死に彼の名を呼ぶ。しかし、その声は何処にも届かない。
「時は満ちた――さぁ、目覚めよ!P-407…『エレナ』!!」
「――っ!?」
月光照射が終わると同時に、彼女の眼が大きく見開かれた。…その眼に、正気は無かった。
「キュァァァァアアァァァァァァッ!!」
人魚の絶叫が、木霊する。
台袖からとある楽屋の一室に入り、片隅のクローゼットをスライドさせると、隠し階段が現れた。
一般人にはまず見つけられない位置なので、足跡は少ない。慎重にその階段を下る。
しばらくすると、生ぬるい風が頬を撫でた。地下フロアに到着したのだ。
「この先に、彼女が居るのか……」
「いよいよだな」
警戒しながらラボに近付く。
通路には実験中のキメラが保存されたカプセルがいくつかあり、不気味な印象を受けた。
その時、不意にぱん、ぱん、ぱん…と、何者かの拍手が聞こえた。
「誰だ!!」
すかさずカイムがハンドガンを構える。
黒いカーテンに覆われた薄暗いラボから現れたのは、汚れた白衣のマッドサイエンティスト。
「いやぁ、お見事だった!こうも容易く彼を倒すとは…侮っていたよ」
「あんたがプロフェッサーか!!」
カイムが憤る。そして、
「…して下さい」
「え?」
「エレナを返して下さい!!彼女は僕の…大切な人なんです!!」
静かに激昂するオリバー。彼はまだ、エレナの無事を信じていた。
「だが、これを見てもまだそう言い切れるか…?」
プロフェッサーが低い笑い声を漏らす。
「くくく…彼女は我が『アポカリプス計画』に大いに貢献してくれたよ」
突然、プロフェッサーの後方の黒いカーテンが開いた。そこには巨大な水槽、そして…
「そんな!?」
「まさか…!」
ルイスとカイムはその光景に目を疑った。
「一足遅かったな…」
水槽の中には、生物兵器と化した機械人魚…エレナが居た。
「エレナ!!」
「彼女は既に、私の配下になったも同然」
オリバーが唇を噛み締める。人形劇の通り、最悪のシナリオが展開されてしまった。
「キュァァァァァァ!!」
まるでイルカのような叫び声を上げ、水槽の中を泳ぎ回る。
「さぁ、エレナ…邪魔者を片付けろ」
プロフェッサーが不敵に微笑んだ。




