CHASE:12 トワイライト -Oliver Falconer-
オリバーはかつて、兵器開発部ではなく空軍に所属しており、その戦績・撃墜数からエースパイロットの地位を確立していた。
そして彼は、愛機の色が夕陽のような金色であることから「黄昏の隼」の二つ名を持ち、持ち前の誠実さから人望も厚かった。
そんなある時、とある湖に水妖の調査をしに行くという任務が入り、彼は現地に赴いた。
「そこにはとても美しい人魚――いえ、水妖が居ました。ところが上層部は、キメラを造る為に彼女を捕獲しようとしていたんです…でも、僕はその計画に賛同出来ませんでした」
彼女の名はエレクトラ=カークウッド。水妖の数少ない生き残りの一人だ。
しかし正義感の強い彼は任務に背き、秘密裏に彼女を匿うことを決めた。
彼女は自らをエレナと呼ぶよう要求し、彼に大人しく従った。
衣服を着せると人と変わらぬ姿に見え、誰も彼女が水妖だと気付かなかった。
その内二人はお互いに惹かれ合い、やがて恋人同士になる。
「でも…水妖と人間は違う種族だろ?」
そこにルイスが注釈を加える。
「いや、古い言い伝えだと、水妖は人間と結婚して出産すれば魂を得られる…と聞いたことがある。あながち有り得なくは無いんじゃないか?」
「貴方の言う通りです。たとえ種族を隔てた恋だとしても、僕は彼女を愛さずには居られなかった…そして、彼女に魂をあげたかった。でも…」
ある時、彼女は何の連絡も無しに行方不明となってしまった。
どうやら帝国内部の人間が密告し、オリバー不在の間に自宅を襲撃し、エレナを連れ去ったらしい。
「同じ頃、僕の所属する部隊でも厄介な事が起きました。――任務の最中、僕の機体が突然誤動作を起こして仲間を撃墜してしまったんです…」
原因は、あの小太りの男…ゴルドーだった。彼はいつの間にかオリバーの機体に細工を施していたのだ。
「ゴルドーって、さっきの偉そうな奴か…」
傲慢かつ強欲であり野心家で、若輩であるオリバーが戦績を上げていることに嫉妬していたゴルドー。
結局彼の思惑通り、オリバーはその件で兵器開発部へと左遷させられ、自身は中尉に昇進し、紆余曲折を経て先程のやりとりへと至る。
「どうも彼はエレナの失踪と関係ある気がしてならない…だから僕は任務を遂行すると同時に、手掛かりを探していたんです。…正直、帝国の考えには賛同出来ない」
「…何でお前みたいな優しい人間が、帝国なんかに…?」
「――ちょっと、ね」
オリバーが一瞬、笑顔の仮面を被った。それを見て、ルイスが意味深に呟く。
「…なかなか、苦労してるんだな」
「俺達に何かやれることは無いのか?」
カイムの言葉に対し、オリバーは真剣な表情で言った。
「その気持ちは嬉しいんですが…これは僕個人の問題です。貴方達を巻き込んで良い道理なんて、何処にもない」
オリバーから発せられた、はっきりとした拒絶の言葉。
しかしカイムもルイスも、その言葉に従うつもりはさらさらなかった。
「ピピーッ」
「?」
その時、カイムの小型通信機にジュディスから連絡が入った。
「はい、こちらカイムです。え、敵の個体の情報が入った?…はい…はい…――え!?」
カイムが相当驚いた様子で耳から受話器を離す。
「どうした?」
「指令からの連絡だ…生体兵器P-407――『エレナ』が起動テストに入ったらしい」
「『エレナ』!?…そんな馬鹿な、僕は何も聞かされてません!!」
オリバーが立ち上がった。恋人の名と実験中の兵器の名が同じことに、緊張が高まる。
「待て…伝達ミスの可能性も有り得る。それかあえて情報を開示しなかったのかもしれない。まずは情報を集めるんだ」
ルイスの判断を仰ぎ、カイムが慌ただしく質問する。
「えっと…すみません、個体情報を詳しく…種族は水棲生物…水妖……」
「…間違いないな」
冷静にルイスが答えた。
「そんな、エレナが…」
ぎりっ、とオリバーが唇を噛み締めた。
己の愚かさを悔やむ。それでも、前に進まなくてはならない。
「…この工場の近くに、今は廃館になった劇場があって、その地下に生体兵器の実験ラボがあるんです。きっとエレナはそこに…でも…」
言葉が尻すぼみになる。一人で攻略出来るか自信が無いのだ。
その時、通信を終えたカイムが叫んだ。
「…彼女は今も苦しんでるかもしれないんだ!!お前が助けに行かなくてどうする!!」
カイムの言葉にハッと我に返るオリバー。
今はどんな手段を使ってでも、彼女を取り戻さなければ。
やがて意を決して、彼は言った。
「――二人のお力を、貸していただけませんか?」
一瞬の後、ルイスとカイムは顔を見合わせ、ゆっくりと頷いた。
「…勿論だ!!」
二人の返答を聞き、オリバーもまた頷いた。
「二人とも、ありがとう…僕についてきて!」
「――事は順調に進んでいるな、ゴルドー」
「えぇ、全て手筈通りですよ、プロフェッサー。邪魔者の始末は完了しました」
薄暗い部屋に、うっすらと光る計器。モニターの前に座る男の声が、低く、静かに響く。
この部屋に響く音といえば、男の声とキーボードを叩く音くらいだ。
「しかし貴方も凄いことを考えたものだ。『アポカリプス計画』が、こうも素晴らしい物だとは」
そういうゴルドーの視線の先には、大きなカプセル。その異形の中心には、美しい女性がいた。
「彼は優秀な兵士だが、我が強すぎる。駒としては失格だ」
「だから奴を切り捨てた。貴方も非道ですな」
「君こそ、この話には随分と乗り気ではないか。…邪魔者が始末できて満足だろう?」
タイプする手を止めゴルドーに視線を向けると、彼の顔には満面の笑みが浮かんでいた。
「彼の様な実直な輩は、目先の物事に捕らわれて大局を見ようとしない。感情で動く低脳な人間は、軍人として失格だ」
――それに…と一言。先程の笑みが消え、今度は憤怒の表情。
「気に入らんのだ。若輩の輩が私の上に立つなど!!私はもっと上にいるべき人間なのだ!!」
吐き捨てた言葉は、傲慢とも言える。彼に大義名分などありはしない。
ただただ自分の欲に忠実に…ある意味、真に人間らしい人間である。
そんな彼だからか、プロフェッサーは彼に興味を持っていた。
そしてオリバーにもまた、ゴルドーとは別の興味を抱いていた。
「…なら、君自身の手で彼を葬ってはどうだ?」
そんなとき、ふとモニターに目を移した彼に、ある人物が目に入った。
「君の客人だ。どうやらよほど『彼女』が気になるらしい」
「オリバー!?あの爆発の中逃げ延びたというのか…!?――いや、そうでなくては面白味がない。やはり奴には、私が直接引導を渡さねばならんようだ!!」
高らかに笑う。この静かなラボに、ゴルドーの声はよく響いた。
「では、私は失礼しよう。客人はもてなさなければならないからな。貴方から頂いたこの『力』…、早速試させてもらうとしよう」
そう言うとゴルドーは部屋から出ていった。
陽も沈みかけた頃、彼らはそこに辿り着いた。
「この劇場です。今は廃棄されたこの劇場の地下に、生物兵器のラボがあります」
「ここに…」
工場からさほど離れていない、海の近くの劇場。
現在は使用されている痕跡はなく、看板はすでに取り外されており、劇場の名前までは分からなかった。
外壁のあちこちに、潮風の影響で錆びが付いている。
「なるほど…こんな古びた劇場の地下にあるとは、誰も思わないだろうな」
「えぇ。通常は地下からの特殊な通路を使うので、人目に触れることもありません」
この近くの埠頭は人通りが少なくない。
機能が停止しているのはこの劇場だけで、今この時間でも作業している人は目についた。
怪しい噂が一人歩きしていない辺り、カモフラージュは完璧なのだろう。
「しかし、どうやって中に?入り口は鎖と南京錠でロックされているようだが…」
ルイスが疑問を口にする。扉の取っては頑丈な鎖がとぐろを巻き、おまけに南京錠が3つも付いている。少し錆びているものの、人の力では到底壊すことはできないだろう。
「下がってください。少々乱暴にいきますよ」
そういってオリバーが取り出したのは、大口径の銃。六連装のマグナムリボルバーだ。
銃口を鎖に向け、引き金を引く。
大音量の銃声と共に、重たい鎖が意図も容易く破壊され、地面に落ちる。
「さあ、これで中に入れますよ。急ぎましょう」
銃声に反応した一般人の視線などまるで気にする様子もなく、オリバーはそのまま扉を開け、中に入っていった。
――冷静を装っているが、彼には余裕などなかった。
少なくとも、周囲の視線すら気に止めない程度に。
劇場の内部はひんやりとしていた。電装の類は機能しておらず、しんと静まり返っている。
ロビーの装飾も使われなくなった当時のそのままの状態で、埃を多量に被っていた。
「使われた気配は無し…か。地下だけを利用しているのか?」
「えぇ。閉鎖された後にラボが増設されました。入り口はホールの方にあります」
一階はまるまるカモフラージュ。目指すは劇場のホールにある地下への入り口。
「…1つ、良いか?」
不意に、カイムが口を開いた。
「あんたにとって、彼女はそんなに大事な存在なのか?」
投げ掛けられた質問。オリバーの足が止まった。
「帝国の兵士という立場を捨ててまで、あんたは彼女を守ろうとしている。そうまでして彼女を守りたい理由ってなんなんだ?」
計算し尽くされた笑顔。本性を隠すための仮面。
カイムが今まで見てきたオリバーという人間は、とてもずる賢かった。
そんな人間が見せた、愚直ともいえる行動。感情が表面に現れないだけに、それは一際際立つ。
「――世界ですから」
オリバーが口を開いた。
「彼女は、――エレナは僕の世界なんです。それを守るためなら、僕は…」
――世界。そう語るオリバーの言葉は、重みを含んでいた。
前を歩くオリバーの表情は見えなかったが、その言葉に偽りはなかった。
「少し道草をしてしまいましたね」そう言って、無理矢理笑顔を作る。
歩幅も自然と大きくなる。…それはまるで、子供が見られたくないものを慌てて隠すように。
そんなオリバーを見て、カイムは何も言わなかった。――いや、言えなかった。
彼の並々ならぬ決意を垣間見たから…。




