CHASE:10 対魔法障壁 -reflector-
「君が何者かは知らないけど、今君はこの戦闘に介入した。そしてその行為は僕達マジェストラ帝国に対する敵対とも言える。君みたいな子供がそんな責任の話を理解してくれなくてもいい。ただ、君は今すぐここから離れてくれないかい?」
先程の笑顔から一変した態度のオリバー。その端正な顔立ちからは想像もつかない威圧感。
だがそれはルイスから発せられた敵意を感じ取ったからこその行動。加えて彼女は魔法の使い手。
これしきの威嚇で怯むはずはないとオリバーは理解していた。
だが、彼女がいかに強大な魔力を持ち自分達に敵対していても、彼はまだ少女である彼女に対して『軍人』としての対応を取りたくなかった。しかし…
「――ッ!?」
返ってきたのは、ルイスからの無言の返答。彼女は有無を言わさず、オリバーに風の刃を飛ばす。
魔力によって生成された風の刃は、白い筋となり彼の脇をかすめた。背後のコンテナが、いとも簡単に両断される。
「能書きは述べたな?なら私からも忠告だ」
静かに、しかし覇気を帯びたルイスの声。オリバーが再びルイスを見た時、彼女の周囲には風の刃が複数生成されていた。
「死にたくないなら貴様が退け…疾風の射手!!」
ルイスの一声で、全ての刃がオリバーへ向けて放たれた。
「…最近の子供は物騒なんだね!!」
鉄をも容易に切り裂く疾風。まともに受ければ身体が真っ二つになるのは明白だった。
オリバーはその場から走りだし、襲い来る風から逃れようとした。背後でコンテナが切り落とされ、大きな音を立てて地面に崩れ落ちる。
「…ッ!!逃がすか!!」
再び風の刃を生成し、一斉に射出する。更に二度、三度。無数に生成された刃の全ては、たった一人の標的に向かって放たれた。
「正面からじゃ駄目か…。なら…」
何か思い付いたのか、オリバーは先程カイムが通ったコンテナ帯へと逃げ込んだ。
「それで隠れたつもりか!!」
鉄を両断する風の刃は、たとえコンテナ越しだろうと容易に届く。
隠れてやり過ごそうというのではなく、オリバーには何か別の狙いがあると感じた。
(…私の魔力が尽きるのを待っているのか…?)
考えうる理由はそれくらいしかなかった。オリバーから見ればルイスはまだ幼い子供だ。
いくら強力な魔法を操れようが、彼女自身の魔力は所詮その程度なのだと考えているのだろう。
持久戦に持ち込めば、こちらがガス欠すると。――だが、
「私を侮るな!!」
ルイスは再び風の刃を生成した。もしオリバーの考えがそうなら、彼の誤算はそこにあった。
風という極めて不定形な属性を圧縮し、それを鋭く生成する。
熟練した彼女の魔法は、魔力の消費に全くの無駄がない。最小限の魔力で、強力な魔法を。
伊達に『天才』と呼ばれていた訳ではない。実際ルイスは先程の口づけでカイムから若干の魔力を補給していたので、十分余力があった。
持久戦で不利になるのはむしろ、逃げ場を無くしたオリバーの方だった。
「逃げてばかりじゃ勝てないぞ!!」
再び生成。そして射出。放たれる風の刃が幾度も工場内を切り裂いたおかげで、コンテナはただの瓦礫の山と化してしまった。
「立ち向かうばかりが戦いじゃないよ。勝つためには必要な退却だってあるんだ。戦略的撤退と言って欲しいね」
「世迷い事を!!」
先程と変わらない柔らかな声。余裕しゃくしゃくなその態度が、ルイスには少し腹立たしかった。
故に生成した。空気を圧縮し、敵を切り裂く風の刃を。もう何度放ったか判らないが、それでもまだルイスの魔力は尽きない。
しかしルイスは気付かなかった。オリバーの真の狙いが、正にこの瞬間にだったことに。
「……っ!?」
刃を展開し、それを放とうとした瞬間、いつの間にかオリバーが背後に居た。
そのまま地面に組み伏せられ、両手足の自由を奪われてしまう。
「…っ、しまった!!」
必死に抜け出そうともがく。が、成人男性…ましてや訓練をうけた軍人に押さえられては、身動き一つとれなかった。
「展開する刃の数は八本。それぞれ一秒毎に射出される規則正しい運動。次を展開するまでの時間は約三秒…ってとこかな。訂正はあるかい?」
隠れていた訳でも、ルイスの魔力切れを狙った訳でもない。
射出した後の魔法を展開する僅かなタイムラグ。それを逃げながら確認していたのだ。
「さあ、もう一度言おう。今すぐここから離れるんだ。君に選択の余地はないよ」
再度突きつけられた言葉。それでもルイスは抵抗をやめなかった。しかし、魔法を唱えようとしても何故か魔力を練ることができない。
オリバーが自分の体に触れたその瞬間から、奇妙な感覚に陥っていた。
(このままじゃ…っ!!)
何とかしなければ。そう考えていた時、突如オリバーはルイスの拘束を解いた。
代わりに金属がぶつかり合うような音が聞こえる。ルイス以外の、オリバーの敵。
「ルイスに手を出すな!!」
せめぎ合う二人。オリバーの視線のすぐ先に居たのは、
「カイム!!」
カイムはルイスとオリバーの交戦中に解毒が済んだのか、ハンドガンで突撃してきていた。
オリバーがそれをトンファで牽制し、金属と金属が擦れ合う音が響く。
「こんなに早く回復するなんて思いもしませんでしたよ」
カイムに対し、元の丁寧口調に戻ったオリバー。
「侮ってもらっちゃ困るな!」
ルイスはカイムのその様子を訝りながらも、二人がいがみ合う隙を突いてオリバーの元から逃げ出した。素早くカイムの脇に隠れるルイス。
「…おやおや、逃げられてしまいましたか」
それからカイムはハンドガンに体重をかけ、オリバーのトンファを押し戻した。二人の間合いが開かれる。
「そんなに激しく動いて…毒はもう大丈夫なのか?」
「なんとかな…ところで、俺が倒れてから何があったんだ?」
カイムの問いに、ルイスはこれまでの経緯を手短に説明した。
「緊急時しか魔法は使うなって言ったのに…魔力の補給は?」
「必要無い。さっき少し貰った」
言われたカイムは身体に残った若干のだるさに気が付いた。
「…無事なら良い。問題はあいつだ」
正面のオリバーを見据えたカイム。
「油断するな。あいつは相当の手練れだ」
「解ってる!」
カイムは再度ハンドガンを構え直し、走りながら突っ込んだ。
「力量はなかなかの物…ですが」
するとオリバーは右手のトンファを頭上に掲げ、叫んだ。
「雷鳴!」
呪文の詠唱と同時に空が暗くなり、カイム目掛けて光の筋が落ちてきた。
「なっ…!」
「カイム!!」
ルイスはそれに真っ先に反応し、叫ぶ。
「絶縁!」
その呪文で電流を絶つつもりだったが、
「無駄ですよ」
「!?」
オリバーがいつしかルイスの背後を取っており、彼女の体に触れていた。
(…まただ!!)
ルイスが違和感を感じた瞬間、何故か魔法は発動せず、雷が彼女とカイムに直撃してしまった。
「うぁぁぁぁ!」
「ルイス!!」
衝撃で宙に放り出されるルイスを抱き寄せ、自分が盾になるカイム。
地面を派手に転がりながらも、ルイスをしっかりと守りきった。そんな彼の頬には軽い擦り傷が出来ていた。
「っう…怪我は無いな…?」
「すまない…く、どうして魔力が練れないんだ!」
カイムに傷を負わせた悔しさで、ルイスの表情が苦痛に歪む。
「彼女を守るために己の身を張りますか…涙ぐましいですね」
気付けば、オリバーが近くで二人を見下ろしていた。
「うるさい!!」
ルイスが激昂する。
「ちゃんと魔法が発動すれば、あんな事には…」
「残念ながら、僕に魔法は一切通用しませんよ」
「何故だ!!」
苛つくルイスに対し、オリバーはトンファをひらひらさせながら言った。
「僕のこのトンファは特殊な金属で出来ていて、相手の魔法を打ち消すことが出来るんですよ」
「まさか…『対魔法障壁』だと…?」
「ふふ、ご名答です」
にこやかに微笑むオリバー。そこにカイムの質問が入る。
「ちょっと待て…『対魔法障壁』って何なんだ?」
「あれは…対象の全身に魔法を打ち消す薄い膜を展開する、いわばバリアみたいな物だ。そしてその膜に触れた者は、魔法の効力を失う」
「魔法が効かないって…物理ダメージしか与えられないってことか」
「つまりはそういうことだ」
「うーん…」
少し考えてから、カイムはある妙案を思いついた。
「…ルイス、ちょっと耳を貸してくれないか」
「?」
カイムがルイスの耳に何事か囁く。しばらくしてから、
「成る程、解った…任せろ」
おもむろに、ルイスがカイムの肩の上に乗った。
「二人でどんな相談をなされてるんですか?」
「誰が教えるか!!」
カイムは唐突にハンドガンで威嚇射撃し、体勢を立て直した。ルイスを肩に乗せたまま、全力で走る。
「行くぞ!!」
「望むところです!!」
真正面からの突撃に対し、前方にトンファをクロスさせて構えたオリバー。ところが、彼にとって想定外の事態が起きた。
「えっ…!?」
「たぁぁぁ!!」
ルイスがカイムの肩からジャンプし、オリバーの顔にそのまま覆い被ったのだ。
「むぐっ!?」
あまりに突拍子もないことに目を白黒させるオリバー。
「行け、カイム!!」
「あぁ…!」
オリバーが怯んだ隙に、カイムが彼のトンファを両方奪った。
それを確認してルイスがするすると地面に降りると、オリバーは一言呟いた。
「…やってくれましたね」
「トンファがなければ対魔法障壁は張れないはず…これで形勢逆転だ!!」
そしてカイムらが反撃に出ようとしたその瞬間、彼らの背後で大規模な爆発が巻き起こった。




