CHASE:9 招かれざる者 -gentle-
「なっ!?し、侵入者だと!!」
「馬鹿な!!警備隊は何をやっていた!!」
突然姿を現したカイムに、帝国軍は動揺を隠せない。混乱し、隊列が組めないまま戦闘が始まった。
潜入などやったことがないカイムがとった策は強行。単純だが、彼なりに考えた結果の行動だ。
ルイスもそれに異論はなかった。素人が気取って潜入工作などするより、意表を突いた奇襲の方が効果があるからだ。
そして今、まさしく二人の計画通り敵は混乱している。
「避けるなよ…っ!!」
金属製のコンテナが立ち並ぶこの付近での戦闘は、銃弾がコンテナに当たれば跳弾することもある。
敵はそれを躊躇いまずは広い場所へ出ようとするはずだ。
しかし、奇襲に浮き足立っている敵の動きは鈍く、カイムはそこを狙った。
(真ん中だけを狙えばいい…。真ん中だけを!!)
手にしたマシンガンの引き金を引く。跳弾の危険性のあるこのコンテナ帯で、躊躇なく。
フルオートで撃ち出される弾丸は、二人の帝国兵を貫いた。
「まだ来るぞ。気を付けろ」
「あぁ、わかってる!!」
弾倉を交換し、一度マシンガンをしまう。今度はハンドガンを構えた。
守備隊との連絡が途絶え、不信に思った警備隊がこちらに向かってくるはずだ。
そうなれば数で圧倒されることは目に見えている。まずは任務を最優先に考え、絶え間なく走り続けた。
「侵入者だ!!この先に進ませるな!!」
コンテナ帯を出たすぐ先で、帝国軍の守備隊が作業員を引き連れてこちらに向かってくる。
作業用のつなぎを着用し、不慣れな手つきで銃を構えた。とても戦闘員とは思えない。
それでも発砲するのであれば、物陰に隠れざるをえない。後方へと引き返し、再びコンテナ帯へ身を隠す。
「ここの作業員も帝国軍の人間なのか?」
カイムの問いにルイスが答える。
「いや…彼らは元は他国の技術者達で、優れた技術に帝国が目をつけたと聞いた。彼らは雇われているだけで、こんな戦争とは本来無関係の連中なんだろう」
背中越しに聞こえる銃声。おそらく彼らは今、無理矢理戦わされているのだろう。
増援が来るまでの時間稼ぎに、彼らは命を張らざるを得ない立場を利用されている。
他国の優秀な技術者がここに集められている理由など、想像するのは容易だった。
「…お前は、奴らも撃つのか…?」
不意に聞こえた言葉は、ルイスから。
「…敵対する以上、撃たない訳にはいかない」
「――そうか」
カイムの返答に対し、落胆するようなルイスの声。以前にも一度、似たような場面があったのをカイムは記憶していた。
彼女は人を『殺す』事を毛嫌いしているのだろう。それが例え戦争の渦中だったとしても。
ましてや今、銃を握っているのは半ば強制的に連れてこられた民間人だ。
しかし、それに抵抗しているのはルイスだけではなかった。
「…嫌なんだな?」
「えっ?」
今度はカイムがルイスの不意をつく。
「――撃ちたくないんだろ?」
カイムの優しい声。この言葉は以前の彼を見たルイスにしてみれば、意外だった。
――いや、本当の彼はこちらなのかもしれない。
「…出来るのか?そんなこと…」
するとカイムは肩にしがみついていたルイスを静かに地上に下ろし、微笑んだ。
「まぁ、見てろ…っ!!」
ルイスをコンテナの陰に待たせ、突然カイムがコンテナ帯から飛び出した。
「今だ!!撃てーーっ!!」
帝国兵の合図に合わせて一斉に降り注ぐ鉛弾の雨。全速力で駆けながらカイムは何かを投げた。閃光弾だ。
「なっ!?しまっ…!!」
眩い光が辺りを包む。
(今だ!!)
敵の視界を奪い、カイムは一気に敵へ接近する。まず帝国兵が腰に挿していた陣刀を手にする。
その剣で技術者達の持っていた銃を両断した。敵の無力化を計ったのだ。
「貴様!!何を…」
帝国兵がカイムの動きに気づいた時には、その切っ先を喉元に突きつけられていた。
「死にたくなかったら大人しくしろ」
カイムの言葉に身動きが出来ない帝国兵。冷や汗を流し、言う通り抵抗を諦めることにした。
そしてようやく事態を察知した技術者達。自分が手にした銃がいつの間にか両断されていることに驚いていた。
「言葉が通じるかは判らないが、貴方達はもう自由だ。じきにここは爆発する。急いで避難するんだ!!」
カイムの言葉か、はたまた行動が通じたのか、技術者達は歓喜の表情を浮かべた。
余程辛い業務を強いられていたのだろうか。言葉は解らずとも、感謝の意を表しているのは解った。
「これで良いか?」
「カイム、お前…」
少し離れた位置にいるルイスにウインクでサインを送る。宣言通り、民間人を解放することが出来た。
「き、貴様…、労働者を解放して何をするつもりだ!!」
「彼らをどうこうするつもりはない。ただ、関係のない人間を巻き込みたくない。それだけだ」
わめく帝国兵の喉元に剣を突きつけ、武装解除を命じた。
最早命を握られているのはこの帝国兵の方だ。先程と立場が一転した。
「ルイス、こいつを縛る魔法とかあるか?」
「縛るというか、動きを止める魔法なら…」
カイムに近づいたルイスが、今度は帝国兵に触れる。
「麻痺!!」
「がぁ!?か、体…が……!?」
突然倒れこむ兵士。おそらく全身を麻痺させ、動きを止めたのだろう。
ろくに喋れないとなると、麻痺の度合いは相当な物と思われる。
「こんな感じでいいな?」
「あぁ、充分だ…ろ……?」
その時だった。何かが地中から這い出、カイムを拘束した。
「――!?」
気付けば彼の身体に、透明で長い触手が絡みついていた。
地中から姿を現したそれは、イソギンチャクのような形をした生物兵器だった。
更に触手を絡ませ、拘束する力をますます強める。
「ぐ……っ…」
しかしそんな中でもカイムは、自分よりもルイスの身を案じていた。
コンテナに待たせておいたので、ちゃんと逃げおおせただろうか。すると、一人の男の声が聞こえた。
「テンタクル、その人は食べちゃダメですよ」
物陰から一人の青年が、3人の部隊を引き連れ現れた。青年の言葉に呼応し、テンタクルの拘束がほんの少し緩まる。
「安心して下さい、手荒な真似はしませんから」
物腰は柔らかく、穏やかな好青年といった風だ。ダークベージュの髪に、黄緑色の瞳。
赤を基調とした帝国の作業員用のつなぎを着用し、腰の両脇には橙色のトンファが吊り下げられている。
「食べ…っ!?お前…何者だ?」
カイムが尋ねる。
「初めまして、僕は兵器開発部のオリバー=フォールコナーと言います。どうぞよろしく」
オリバーが爽やかに微笑む。女性を釘付けにしそうなナイススマイルだ。
すると麻痺して倒れていた兵士の顔が、救助が来たと言わんばかりに明るくなる。
「怪我人が居るみたいですね…すみません、そこの方の回収をお願いします」
気付いたオリバーがそう言うと、連れの兵士の一人が麻痺した兵を担ぎ上げ、撤退していった。
「さて、僕としては平和的解決を望みたい所ですが、命令なので…ごめんなさい」
「!!」
突如、テンタクルの触手から棘のような針が飛び出し、カイムの身体に食い込んだ。針が刺さった箇所が、じわりと熱を帯び始める。
「痛……っ!?」
「すみませんが、貴方の体内に速効性の毒を注入させてもらいました」
「なっ!?」
不意にめまいがした。静脈を狙って刺されたらしく、早くも毒が全身に回り始めている。
「大丈夫、死にはしません。…ただ、貴方が何をするか解らないので、ちょっと強引ですけど、許して下さいね?」
「うぅ…っ、ぐ…ぁ…」
体力を奪って捕虜にでもする気なのだろうか。カイムは足掻いたが、毒に冒された身体はまるで力が入らなかった。
一方、ルイスはコンテナの陰からその一部始終を見ていた。カイムの意に反し、逃げるつもりはさらさら無いらしい。
(カイムが捕まった…!?早く助けないと!!)
敵は一人退却したのでオリバーを含め3人。そして生物兵器。
(…久々に、やるしかないか)
魔法機関を喚びだし、ルイスはコンテナを飛び出した。
刹那、かまいたちがオリバーの頬をかすめた。
彼がそちらを見やると、そこには見えない大気を纏ったルイスが立っていた。
「おや、…迷子ですか?」
「…ル、ルイス…!?」
毒で意識が朦朧としながらも、カイムはルイスの姿を認めた。
「そこに捕らわれてる人は私の保護者だ!!速やかに返して貰おうか」
「ふふ、随分ませた物言いをしますね。可愛いお嬢さん」
「黙れ!!」
憤るルイス。
「駄目だルイス、逃げ――」
その時、カイムの意識の糸がぷつんと途切れた。どうやら毒が全身に回りきってしまったらしい。
拘束されたままうなだれるカイム。
「カイム…!?」
「毒が回りきったみたいですね…まぁ害は無いから、安心――」
「出来るか!!」
言うやいなや一陣の風が巻き起こり、カイムからオリバーを引き離す。
「…かなりご立腹の様子ですね」
「――当然だ」
捕らわれの相棒を見上げ、ルイスは決意した。
(カイムが居ない以上、短期決戦で終わらせないと)
「仕方無い…囲んで下さい!!」
オリバーの声に呼応し、ルイスを挟んで前方と後方に二人の帝国兵が散る。
腰に提げていたレイピアを振りかぶり、両方から挟み撃ちを狙う。
「子供相手でも容赦はせんぞ!!」
「降参するなら今の内だ!!」
そんな帝国兵の脅しにも怯まず、彼女は思い切り叫んだ。
「逆転!」
ルイスと、切りかかってきた前方の兵士が一瞬風に消え、二人の位置が入れ替わる。
「なにっ、魔法だと!?」
帝国兵二人が衝突し、一瞬の隙が生まれる。それに乗じて更に一言。
「旋風!!」
発生したつむじ風が帝国兵二人を巻き込み、遙か遠くに飛ばした。
「うわぁぁぁぁ…」
残るはオリバーただ一人。彼はやれやれといった様子でトンファを取り出した。
「…驚いたよ。まさか君のような小さい子が、魔法を使えるだなんて――」
先程までの丁寧な口調から一変し、諭すような口調になったオリバー。
ところがルイスはそれを無視し、彼を通り過ぎてテンタクルに近寄って、
「え?」
いきなり呪文を詠唱した。
「切断!」
彼女の手から風の刃が放たれ、テンタクルの触手のみを切断する。
拘束が解かれ落下するカイムを微風の呪文で受け止め、そっと地面に下ろした。
すぐにぱたぱたと駆けていき、ぐったりとしている彼を介抱する。
「カイム!!――カイムっ……くそっ!」
ゆすり起こそうとしたが、まるで目を覚まさない。
「…回復!!」
呪文に呼応し、カイムの身体からうっすらと緑色のオーラが立ち上る。
「今はこうするしかないな…」
するとルイスは横たわるカイムの首筋に、一瞬だけ口づけた。
「ゆっくり休んでてくれ…仇は私が討つ」
それから、背後に立つオリバーを鋭い眼差しで睨んだ。




