表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

継承の魔女は何度でも死ぬ

作者: May
掲載日:2026/03/17

 

 死体は、わたしの部屋で見つかった。

 ――ただし、死んでいたのは「わたし」だった。


 扉は封鎖されている。

 王立魔術学院の紋章入りの封印布が、隙間なく貼られていた。


「ここが現場だ」


 低い声がした。

 振り向くと、外套姿の男が立っている。中央から来た調査官だろう。

 視線だけで人を測るタイプだ。


「君が、第一発見者か」


「いいえ」


 わたしは首を振る。


「最後に出入りしていた人間です」


 ほんの少しだけ、間を置いてから付け加える。

「――たぶん」


「名前は」


「リセ、と」

 それ以上は言わない。


 調査官は一瞬だけ訝しげな顔をしたが、追及はしなかった。

 記録さえ取れればいい、というタイプらしい。


 助かる。


 死んでいたのは、この学院でも特別な存在だった。


 “継承の魔女”。


 本名を知る者はいない。

 顔を見たことがある人間も、ほとんどいない。

 ただ一つ確かなのは、

 その魔女は「ずっと同じ人物」だということになっている。


「密室だな」


 調査官が言った。

 窓は内側から施錠。

 鍵も魔術錠も破壊された形跡はない。

 転移魔法の痕跡も検出されていない。


「外からは入れない」

「ええ」

「つまり内部犯か、自殺か」

「よくある結論ですね」

 わたしは軽く肩をすくめる。


 でも、それは違う。

 ――というより。


「前提が、少し多すぎる」

「何?」

 調査官が眉をひそめる。

「いくつか、“当たり前”として扱われていることがあります」


 封印された扉に目を向ける。


「たとえば」


 少しだけ間を取る。


「どうして、“死んだのが継承の魔女だと分かるんですか?”」


 空気が止まった。


「……魔力署名だ」

「なるほど」

「一致している」

「そうでしょうね」

 わたしは、あっさり頷く。


「でも、それ――偽装できますよ」


 沈黙。


 今度は、さっきより長い。


「……可能性としては、ある」

「ありますね」

「だが高度だ」

「ええ。だから普通はやりません」

 少しだけ、笑う。


「“普通なら”」

 調査官の視線が、変わった。

 ただの関係者を見る目じゃない。


「……君は、何を知っている」

 その問いに、わたしはすぐには答えない。

 代わりに、別の質問を返す。

「調査官殿」

「なんだ」

「あなた、“継承の魔女”に会ったことは?」


 わずかな間。


「……ない」

「顔は?」

「損壊していた」

「声は」

「記録にない」

 十分だ。

 わたしは小さく頷く。

「つまりあなたは、その魔女を一度も直接認識していない」

 調査官は何も言わない。

 否定できないからだ。

「それでも、“同一人物だ”と信じている」

「記録がある」

「記録は、誰でも書けます」

 一歩、距離を詰める。

「魔術なら、なおさら」

 ようやく、視線がぶつかった。

「……すり替わっていると?」

 いいところまで来た。

「可能性の話です」

 そう言ってから、少しだけ声を落とす。


「――ずっと前から」


 調査官の呼吸がわずかに乱れる。

 ここまでは、順調。

 まだ誰も、“本当の前提”に気づいていない。

 だからわたしは、最後にもう一つだけヒントを置く。


「この事件」


 封印された扉を見る。


「問題は、“誰が死んだか”じゃない」


 静かに言う。


「“誰が生きているか”です」


「“誰が生きているか”、ですか」

 調査官が低く繰り返す。


「ええ」

 わたしは頷く。

「この事件は、そこを取り違えると、永遠に解けません」

「……君は、答えを知っているのか」

 少しだけ考えるふりをする。

 もったいぶる必要はないけれど、順番は大事だ。


「その前に、一つだけ」

 視線をまっすぐ返す。

「確認させてください」

「何だ」

「あなたは、“継承の魔女”を――本当に一人だと思っていますか?」


 沈黙。


「記録上は、そうだ」

「記録上は、ですね」

 小さく息を吐く。

「では仮に、その前提が間違っていたら?」

「……どういう意味だ」

「簡単な話です」


 一歩だけ、距離を詰める。


「“中身だけが引き継がれている存在”だとしたら?」

 調査官の目が細くなる。

「人格転写か」

「ええ」

 あっさりと肯定する。

「記憶も思考も、そのまま次へ移す」

「……理論上は可能だが」

「実用化されていない、ですか?」

 少しだけ笑う。

「表に出ていないだけですよ」

 沈黙が落ちる。

「……では」

 調査官が、ゆっくりと言葉を選ぶ。

「“継承の魔女”は、そういう存在だと?」

「そう考えると、全部辻褄が合います」


 わたしは指を一本立てる。


「顔を知られていない」

「本名も共有されていない」

「長期間、同一人物として活動している」


 指を下ろす。


「全部、“中身が同じなら問題ない”からです」

「……」

「つまり」

 わたしは静かに言う。

「“継承の魔女”は、一人じゃない」

 空気が、わずかに軋んだ。

「代替わりを繰り返している」

「ええ」

「では、今回死んだのは」

 問いの続きを、わたしが引き取る。


「“一つ前の個体”です」


 調査官の顔から、ゆっくりと血の気が引いていく。

「……なら」


「ええ」


 先回りする。


「今ここにいるわたしは、“次”です」


 沈黙。


 理解が、ようやく形になる。

「……君が、継承したのか」


「はい」


 あまりにもあっさりと答える。


「ついさっき、あの部屋で」

 視線を封印された扉へ向ける。


「――死にながら」

 数秒、言葉が途切れた。


「……密室の理由は、それか」

「ええ」

 頷く。

「外部犯は不要です」

 少しだけ肩をすくめる。

「中で完結しますから」

 調査官は、しばらく何も言わなかった。


「……では、これは殺人か」

 静かな問い。

「自殺かもしれないし、事故かもしれません」

 わたしは曖昧に答える。

「ただ一つ確かなのは」

 言葉を区切る。


「“前のわたしは死んだ”ということです」

 風が吹く。

 封印布が、かすかに揺れる。


「……君は、それでいいのか」


 意外な問いだった。

 少しだけ、考える。


「どうでしょう」

 正直に答える。

「毎回、同じことを思っている気がします」

 少しだけ視線を落とす。

「でも、その“前のわたし”の気持ちは、もう思い出せない」

 顔を上げる。

「だから、問題ありません」


 調査官は何も言えなかった。

 これ以上は、もう“推理”ではない。

 理解するか、拒否するか。

 それだけだ。


「……記録には、どう残す」

 絞り出すような声。


「お任せします」

 わたしは微笑む。

「密室で死亡。原因不明」

 少しだけ首を傾げる。

「いつも通りでいいですよ」


 沈黙。


 それで、事件は終わった。



 ――はずだった。


「……最後に一つだけ」

 調査官が言う。

「なんでしょう」

「君の名前だ」

 ほんのわずかに間が空く。

「今の“君”の名前は、何だ」

 わたしは、少しだけ考える。


 そして。

「リセ、でいいですよ」

 そう答える。

「どうせ、次には変わるので」

 背を向ける。

 足を一歩、踏み出す。

 そのときだった。


「ああ、そうだ」

 思い出したように、振り返る。

「調査官殿」

「……何だ」

 わたしは、ほんの少しだけ笑った。


「あなた、適性ありますよ」


 沈黙。


「……何の話だ」

「継承の、です」

 軽く言う。

「魔力の相性、かなり良さそうだったので」

 調査官の顔が、凍りついた。


「冗談、ですよ」


 そう言ってから、少しだけ間を置く。


「――たぶん」

 今度こそ、歩き出す。

 背後で何かを言おうとする気配がしたが、もう聞かない。

 必要ない。



 だって――

 次に死ぬのが、誰かなんて。

 まだ、決まっていないのだから。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ