継承の魔女は何度でも死ぬ
死体は、わたしの部屋で見つかった。
――ただし、死んでいたのは「わたし」だった。
扉は封鎖されている。
王立魔術学院の紋章入りの封印布が、隙間なく貼られていた。
「ここが現場だ」
低い声がした。
振り向くと、外套姿の男が立っている。中央から来た調査官だろう。
視線だけで人を測るタイプだ。
「君が、第一発見者か」
「いいえ」
わたしは首を振る。
「最後に出入りしていた人間です」
ほんの少しだけ、間を置いてから付け加える。
「――たぶん」
「名前は」
「リセ、と」
それ以上は言わない。
調査官は一瞬だけ訝しげな顔をしたが、追及はしなかった。
記録さえ取れればいい、というタイプらしい。
助かる。
死んでいたのは、この学院でも特別な存在だった。
“継承の魔女”。
本名を知る者はいない。
顔を見たことがある人間も、ほとんどいない。
ただ一つ確かなのは、
その魔女は「ずっと同じ人物」だということになっている。
「密室だな」
調査官が言った。
窓は内側から施錠。
鍵も魔術錠も破壊された形跡はない。
転移魔法の痕跡も検出されていない。
「外からは入れない」
「ええ」
「つまり内部犯か、自殺か」
「よくある結論ですね」
わたしは軽く肩をすくめる。
でも、それは違う。
――というより。
「前提が、少し多すぎる」
「何?」
調査官が眉をひそめる。
「いくつか、“当たり前”として扱われていることがあります」
封印された扉に目を向ける。
「たとえば」
少しだけ間を取る。
「どうして、“死んだのが継承の魔女だと分かるんですか?”」
空気が止まった。
「……魔力署名だ」
「なるほど」
「一致している」
「そうでしょうね」
わたしは、あっさり頷く。
「でも、それ――偽装できますよ」
沈黙。
今度は、さっきより長い。
「……可能性としては、ある」
「ありますね」
「だが高度だ」
「ええ。だから普通はやりません」
少しだけ、笑う。
「“普通なら”」
調査官の視線が、変わった。
ただの関係者を見る目じゃない。
「……君は、何を知っている」
その問いに、わたしはすぐには答えない。
代わりに、別の質問を返す。
「調査官殿」
「なんだ」
「あなた、“継承の魔女”に会ったことは?」
わずかな間。
「……ない」
「顔は?」
「損壊していた」
「声は」
「記録にない」
十分だ。
わたしは小さく頷く。
「つまりあなたは、その魔女を一度も直接認識していない」
調査官は何も言わない。
否定できないからだ。
「それでも、“同一人物だ”と信じている」
「記録がある」
「記録は、誰でも書けます」
一歩、距離を詰める。
「魔術なら、なおさら」
ようやく、視線がぶつかった。
「……すり替わっていると?」
いいところまで来た。
「可能性の話です」
そう言ってから、少しだけ声を落とす。
「――ずっと前から」
調査官の呼吸がわずかに乱れる。
ここまでは、順調。
まだ誰も、“本当の前提”に気づいていない。
だからわたしは、最後にもう一つだけヒントを置く。
「この事件」
封印された扉を見る。
「問題は、“誰が死んだか”じゃない」
静かに言う。
「“誰が生きているか”です」
「“誰が生きているか”、ですか」
調査官が低く繰り返す。
「ええ」
わたしは頷く。
「この事件は、そこを取り違えると、永遠に解けません」
「……君は、答えを知っているのか」
少しだけ考えるふりをする。
もったいぶる必要はないけれど、順番は大事だ。
「その前に、一つだけ」
視線をまっすぐ返す。
「確認させてください」
「何だ」
「あなたは、“継承の魔女”を――本当に一人だと思っていますか?」
沈黙。
「記録上は、そうだ」
「記録上は、ですね」
小さく息を吐く。
「では仮に、その前提が間違っていたら?」
「……どういう意味だ」
「簡単な話です」
一歩だけ、距離を詰める。
「“中身だけが引き継がれている存在”だとしたら?」
調査官の目が細くなる。
「人格転写か」
「ええ」
あっさりと肯定する。
「記憶も思考も、そのまま次へ移す」
「……理論上は可能だが」
「実用化されていない、ですか?」
少しだけ笑う。
「表に出ていないだけですよ」
沈黙が落ちる。
「……では」
調査官が、ゆっくりと言葉を選ぶ。
「“継承の魔女”は、そういう存在だと?」
「そう考えると、全部辻褄が合います」
わたしは指を一本立てる。
「顔を知られていない」
「本名も共有されていない」
「長期間、同一人物として活動している」
指を下ろす。
「全部、“中身が同じなら問題ない”からです」
「……」
「つまり」
わたしは静かに言う。
「“継承の魔女”は、一人じゃない」
空気が、わずかに軋んだ。
「代替わりを繰り返している」
「ええ」
「では、今回死んだのは」
問いの続きを、わたしが引き取る。
「“一つ前の個体”です」
調査官の顔から、ゆっくりと血の気が引いていく。
「……なら」
「ええ」
先回りする。
「今ここにいるわたしは、“次”です」
沈黙。
理解が、ようやく形になる。
「……君が、継承したのか」
「はい」
あまりにもあっさりと答える。
「ついさっき、あの部屋で」
視線を封印された扉へ向ける。
「――死にながら」
数秒、言葉が途切れた。
「……密室の理由は、それか」
「ええ」
頷く。
「外部犯は不要です」
少しだけ肩をすくめる。
「中で完結しますから」
調査官は、しばらく何も言わなかった。
「……では、これは殺人か」
静かな問い。
「自殺かもしれないし、事故かもしれません」
わたしは曖昧に答える。
「ただ一つ確かなのは」
言葉を区切る。
「“前のわたしは死んだ”ということです」
風が吹く。
封印布が、かすかに揺れる。
「……君は、それでいいのか」
意外な問いだった。
少しだけ、考える。
「どうでしょう」
正直に答える。
「毎回、同じことを思っている気がします」
少しだけ視線を落とす。
「でも、その“前のわたし”の気持ちは、もう思い出せない」
顔を上げる。
「だから、問題ありません」
調査官は何も言えなかった。
これ以上は、もう“推理”ではない。
理解するか、拒否するか。
それだけだ。
「……記録には、どう残す」
絞り出すような声。
「お任せします」
わたしは微笑む。
「密室で死亡。原因不明」
少しだけ首を傾げる。
「いつも通りでいいですよ」
沈黙。
それで、事件は終わった。
――はずだった。
「……最後に一つだけ」
調査官が言う。
「なんでしょう」
「君の名前だ」
ほんのわずかに間が空く。
「今の“君”の名前は、何だ」
わたしは、少しだけ考える。
そして。
「リセ、でいいですよ」
そう答える。
「どうせ、次には変わるので」
背を向ける。
足を一歩、踏み出す。
そのときだった。
「ああ、そうだ」
思い出したように、振り返る。
「調査官殿」
「……何だ」
わたしは、ほんの少しだけ笑った。
「あなた、適性ありますよ」
沈黙。
「……何の話だ」
「継承の、です」
軽く言う。
「魔力の相性、かなり良さそうだったので」
調査官の顔が、凍りついた。
「冗談、ですよ」
そう言ってから、少しだけ間を置く。
「――たぶん」
今度こそ、歩き出す。
背後で何かを言おうとする気配がしたが、もう聞かない。
必要ない。
だって――
次に死ぬのが、誰かなんて。
まだ、決まっていないのだから。




