合理主義の魔王様は美しくない世界が嫌いです
――遥か昔、森の中心には魔王城があり森は魔王が治めていた。人々は異世界から勇者や聖女を召喚し、魔王討伐へと向かう。
勇者と聖女が一緒であれば魔王に負ける理由などない。しかし勇者と聖女は森からは戻らなかった。死闘の末、勇者が魔王と刺し違え、その後聖女は森を浄化し、未だに森と勇者の魂を守り続けている――
「アルバート様!お逃げ下さい!
私が時間を稼ぎます、アルバート様!お早く!!」
ここは人が立ち入ることのない禁忌の森である。
「まったく、騒がしいわね。そもそも誰の許可を得てこんな時間にこの森に入ってきてるのかしら」
1人の美しい少女が深い紺色の毛並みの魔物に乗って現れる。
彼女はこの相棒を「ラズリ」と呼んだ。
そしてここは彼女の森だ。
先程から雪が強くなり、間もなく嵐になる。
そんな時に森の入口付近で騎士らしき男が2人、魔物の群れに襲われていた。
彼女は人間が何人死のうが興味はない。だが、この森で死ぬのはやめて欲しいと思った。
「人間というのは聖女だの勇者だのと騒ぐ割には世界への美意識が低いのではないかしら?」
誰にも聞こえないほどの声で独りごちた。
彼女は美しくないものが嫌いだ。
「助けて差し上げたのに剣を向けられるとは……あなた方の国の騎士は礼儀というものを弁えていないようですね?」
片方の騎士はラズリに乗って颯爽と登場した少女に警戒心剥き出しで剣を構えている。
それも仕方がない。
男は魔物から受けた深い傷の痛みで意識も朦朧とし始めていた。
雪の中で目は霞み、オッドアイが光る大きな魔物が自分たちを救ったことを理解できずにまだ本能のまま守るべきものを守ろうとしているのだ。
「警戒するのは構いませんが、その傷でこの後どうするつもりです?言っておきますがここで死ぬのはやめてくださいね」
「す、すまない、この者の非礼は詫びる……」
庇われていた方の男が瀕死の傷を負っている身体を凛と伸ばして膝をつく。
悪くない、彼女はそう思った。
男はただ、立っていられなかっただけなのだが。
「まぁ死にかけの人間に剣を向けられるくらい些末なことです。助けて差し上げますので剣と杖をしまってください、早くしないと死にますよ?」
上官なのか主なのか、謝罪した男の方を確認して剣を収めた。
「では行きますよ?」
そう一言言うと彼女は全員まとめて自分の家の玄関ホールに一瞬で移動させた。
「貴族の方のようですので、これをどうぞ」
二人の男に液体の入った美しいガラス瓶を渡す。
魔力がない平民には毒になることもある液体だが、二人とも魔力量は多そうだ。問題あるまいと適当に選んだ。
彼女の適当な心の内を知ってか知らずか男二人は少し飲むのをためらっているようだ。
「飲まないなら出て行ってくださいますか?家の中の死体の処理なんて絶対無理なので」
慌てて二人とも一気に飲み干すと、様子を見る間もなく魔物と戦った傷は全て癒えた。
「傷が……信じられない……」
「これはなんのポーションなのだ!?」
二人は一瞬前までの痛みの感覚を忘れられず自分の体の傷を確認する。
夢でも見ているのだろうか。たしかに致命傷だったはずだと……
二人は国で最高級の特級ポーションの効果も知っていた。だがこれを知ってしまった今となってはどれも安物のポーションと大差ないようにさえ思ってしまう。
傷の痛みから解放されれば次の悩みはこの液体にいくら支払えば良いか? である。
少女はそんな男二人の様子には興味が無いらしい。
「こちらにどうぞ」
外は案の定嵐になった。
ホワイトアウトで窓の外は真っ白だ。
さすがにこんな天候でこの二人を外に投げ出せば、せっかく助けたのに間違いなくまた死にかけて二度手間になる。
彼女は非効率なことが嫌いだ。
美しくないから。
「これを使ってください」
少女は玄関ホールに面した客間に彼らを通すと、大きめのバスタオルを渡した。
「暖炉の横にマントが掛けられます。お茶を淹れてくるので暖まっていてください」
嵐前の大雪の中、森で魔物と戦っていた彼らは汚い。クリーン魔法を自分で使ってくれると有難いが、二人とも致命傷にも匹敵する傷を負ったあとだ。魔力は極力使いたくなかろう。せめてタオルで拭いて暖炉でマントを乾かせば少しはマシになるだろう。
「どうぞ。よろしければ紅茶には蜂蜜とレモンを入れて飲んでください。少しは疲労が回復しますよ。それと、嵐が止んだら森の出口まで送って差し上げますのでそれまでここで休んでいてください。では」
少女は一方的に伝えたいことだけ伝えると部屋を出ようとした。
「あっ! ちょっと待ってくれないか。改めてきちんと礼をさせて欲しい。そなたのお陰で私たちは命拾いした。感謝する。ポーションの代金もきちんと支払う。申し遅れたが私は……」
「あ、ちょっとおまちください。名乗って頂かなくて結構です。どうせ覚えられませんので。それからお気持ちだけで充分ですので」
男たちは騎士として、人としての道理は弁えていた。
それ故に、誠意をもって謝罪と礼はしたかったのだが、聞くのもめんどくさいと、取り付く島もない。
「アルバート様、あの少女は聖女様ではないでしょうか」
「間違いないであろう。神の色ラピスラズリ輝く神獣フェンリルを従え、禁忌の森を統べる聖者。伝説の通りだ」
昔むかし、この森に10万の軍勢が攻め込んで来たことがあった。
内訳は、勇者×1、聖女×1、正規軍×約8000、地方軍×約12000、冒険者等×約10000、他は支援職、徴兵された雑兵、輜重を引く者などなど。要するに実働戦闘員は約3万、さらにCランク冒険者なども含まれる為、魔王の相手になるのは数人いれば良い方だろう。完全に勇者と聖女頼みだ。
魔王はめんどくさいと思った。
だが無秩序にこのままこの美しい森を荒らされるのは許容できない。
魔王は、勇者、聖女、指揮官らしき屈強な男だけを城に召喚した。
同時に、戦闘員約3万は装備を一瞬で全て剥ぎとり、生まれたままの姿にした。
そして全てを元の場所に戻した。
裸の騎士は王城へ、裸の冒険者は冒険者ギルドへ、無理矢理徴兵された農民は農村へ、剥ぎ取った武器類は鉱山の麓の鍛治村へ、行軍の途中で調達した兵糧は各村々へ。
「あなた方二人は元の世界に戻してあげましょう」
勇者と聖女は異世界から来た者のようだった。
「見え透いた嘘をつくな! 元いた世界、地球に戻る方法はないと言われた!」
「あら、そのパターンですか……」
なるほどね、と頷く魔王の横には濃い紺色の毛並みが輝く魔物が寝そべっている。
「なぜ魔王が神獣を従えている!?」
「神獣?」
コテン?と首を傾げる。
「美しいでしょう?」
フフフ、と魔王が愛おしそうに撫でるとフワッとしっぽと仕舞われてあった翼を少し開いて喜んでみせる。
微かにあけた目は片方は金、片方は漆黒のオッドアイだ。その目で何を見るのだろう。
この魔物はダークフォヴァルグ。魔王専用の使い魔で神獣などではないが、めんどうなので訂正はしない。
紫の霧状の瘴気を操り、天を駆ける。
名前はLast Reason、ラズリだ。
「前に乗り込んできた勇者は、元の世界への帰り方は魔王だけが知っている、と言われたそうです。その前の勇者は、魔王を倒せば元の世界へ帰れると唆されたといっていましたね。ここまで言えばお気付きですか?」
「な、なにがだっ!」
魔王は、あらまぁ……鈍い子なのかしら? と一瞬困った顔をしながら三人の前で時空を地球と繋げてみせた。
「こっ、ここは!!」
「東京!?」
勇者と聖女が近寄ろとすると面白そうに時空の道を消す。
「わかりましたか? 帰る方法がないと言うのは真っ赤な嘘です。魔王だけが帰り方を知っているというのは事実です。魔王を倒せば帰れる、というのは半分正解ですね。倒す前に魔王に時空の道を開かせた状態で討伐しなければなりません。理解できましたか?」
子供に言い聞かせるように丁寧に説明する。
「バカな魔王だ! 自分から方法を教えてくれるとはな」
「まぁ蔑んでいただいてもなんでもいいのですけれどね、勇者というのは素手でワタクシに勝てるものなのですか? ちなみに城に入った来た時点で聖魔法は無効化されているので、聖女はただの可愛らしいお嬢さんでしかありませんよ」
勇者が手にしていたハズの聖剣は、先程魔王が全てのものを元の場所に戻した時に、聖剣もダンジョンの最深部に戻っていた。
「あ、あの!」
聖女が小さく手をあげる。
「私、帰りたいです! お父さんとお母さんのところに帰してください!」
三人の中では聖女が一番に状況を理解して、自分の取るべき最適解を見出したようだ。
「なっ、聖女様、お待ちください! 魔王の言うことなど信じてはなりませぬ」
「それ、時間かかります? 相談は速やかにおわらせてくださいませね? あぁ、そうでしたわ、あなたにはプレゼントを差し上げましょう」
そう言うと、指揮官の懐に大事に携えられていた一枚の羊皮紙を魔王の手元に召喚した。
『王命書/魔王討伐を命じる』と書かれている。
その羊皮紙に魔王は
『魔王は討伐されました』
と自分で書き込んで男の懐に戻した。
男は驚いてハグハグと言葉にならない声を発している。
「それで? どうされます?」
「お、俺も元の世界に戻してください! 親にも学校の友達にももぅ二度と会えないと思っていたけど、会えるなら俺も会いたい!!」
「ですが、ただでというわけにはいきませんよね。この森は美しいのです。それを節操なく壊して回ろうとするなど、本来でしたら万死に値します」
「申し訳ありませんでした! 私にできることならなんでもやります! ですから……」
「あなた方が踏み荒らした森の入口を元に戻してください」
「それで、それだけで私たちを帰してくれるのですか?」
「はい、きちんと戻せたらあなた方も元の場所へ戻してあげましょう」
「聖女様、勇者様、信用してはなりません!」
そういうのは速やかに済ませろと言ったのに……と、魔王はため息をついた。
「でしたら三人で逃げれば良いでしょう? 別にワタクシは追い掛けたりするようなみっともないことは致しませんよ? 美しくないですもの」
勇者たちとこの場に呼ばれた指揮官は王国の騎士団長である。
忠義に厚く、魔王討伐への責任感もある男だが、決して愚かなわけではない。
ここまで来るために貧しき者たちから食糧や武器を徴収し、少ない働き手を奪ってきた。民衆はもう力を貸してはくれないだろう。
勇者と聖女以外の軍勢も失い、装備も失い、ここから逃げて再編成して出直すのは無理だ。それどころか、無事に王城まで帰り着ける可能性すら低い。
手元には討伐証明書がある、無理矢理召喚した異世界の若者を親の元に帰してあげられるかも知れない。
ハハッ……騎士団長は笑いが込み上げてきた。
元々選択肢などないではないか。いや、選択する必要もない。そもそも、我々はなぜここへ来たのだろう、バカらしい。
「美しき魔王よ、そなたの慈悲に感謝する! そして王国軍の代表として非礼を詫びよう! 我は騎士団長……」
「あ、ちょっとお待ちになって! 名乗らなくて結構よ。覚えられませんから。話が纏まったなら速やかに行動に移して頂けますか?」
魔王様は美しくないものが好きではない。
聖女は異世界から召喚したただの人間だ。なぜ未だに森を守っているなどという伝説がまかり通っているのか不思議だった。
もっと美しい神話を書けなかったのかしら?
森では今日も雪がシンシンと降り頻る。
森の真ん中で一人の少女がピクニックをしている。
最後まで読んでいただいてありがとうございました。




