表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

自責

作者: kumi


ここの海は深い。


「昔、この海に、そりゃ、でっけえ化け物が住んでいただよ。」


ばあちゃんは、岸壁にぶつかり、はじけ散る波を眺めながら言った。

幼い僕は、波粒を散らす海風が怖くなって、ばあちゃんの手を握った。


隙を見せたら、足首を掴んでかっさらってやるからな


風の唸りは私の耳にそう聞こえた。ばあちゃんは、私の手を警戒するように握りしめた。


「その化け物は、まあ、兎に角でっかいもんだった。ちっとばかしは、人間を真似た

容姿をしてんけど、違うもんは、違う。


海から少しでも顔を覗かせたならば、人間は跳ね返って逃げた。

そりゃそうだ、海から顔だせば、誰だって腰抜かす。


それでも、その化け物は

何でだか、何を思っただか、


一度でいい、一度でいいから陸に上がたいって神様にお願いしただよ。


人間っつう者と仲良くしてみたい。

心通わせてみたいってな。


神は叶えただな。

化け物らしい姿をちいっとばかし 消して やって


陸へ上げさせただよ。


けど、人間っつうものは、そんなもんに優しくはないものだ。

悪いもんじゃなくても、新参者への当たりは冷たいものだ。


いい様に扱われるだけだ。

人間を良いように見すぎてた。


ある日、村の誰かがな、畑の中で死んでいたそうだ。その死体は、目も当てられないくらい、 そりゃ、ひっどい有様で、皆が目をそむけただよ。目ん玉はひん剥いたまま、

鍬で刈られたみたいによ、頭はかちわられ、頭蓋骨が覗いてた。腕は体から離れた所に

散らばっていたそうだ。


こりゃ、化け物の仕業にちげえねえ。そうだ、これは化け物のしたことにちがいがねえ。


村人たちの犯人探しが始まっただよ。村人の意見は皆同じでしかなかった。

新参者のあいつがやったに違いねえ。気味が悪い奴だってな。

鉈持って皆で新参者へ向かっていった。

そいつは海へと走り逃げただ。

追い詰められ、そして、そいつは、皆の前で自ら海へと身を投げた。

その時、


でっかい銀色の輪っこのようなものを

目から落とした。


村人皆が見ただよ。

海に入った瞬間、そいつの姿はでっかい化け物に戻ったそうだ。


化け物は低い声でうなるように海へ潜って行った。

絶望の中の声を響き渡らせ、深く深く海を掘り起こす様に、二度と二度と自分が、

化け物が陸へ上がれない様に。

海は掘られるように水しぶきを上げ続けた。

空へと上がる、しぶきは三日三晩続いたそうだ。」


ばあちゃんは、腐りものを吐き出すように、ふーっと大きなため息をついた。


「悲しい海だ。ここの海は。穏やかな時がない。化け物の感情なんかな、この波の当たりは。 凪がない、魚がない。なあんも、生み出さえない海になっただ。入れば船も人もばらされる。」


ばあちゃんは海を眺めながら言った。そして僕の方を向いた。


「この海に入ったものは化け物の仲間になる。いいや、連れて行かれるんじゃない。


仲間になる。


悲しみを知っている化け物だ。人間の心を持った化け物だ。

悲しみを持ったまま

海に入った人間はな

仲間になっちまう。


感情だけで結ばれる。溶け合っちまう。海の中じゃあ、陸の法則は利かねえ。


同胞だ。


化け物も人の子も同じ思いを持てば同じだ。


悲しみは

悲しみ同士で舐めあう。ただただ舐めあう。

助け合うとかじゃねえ。


何があっても、お前は入るんじゃないぞ。


飛び込むなら


違う海に行け。」


ばあちゃんの眼差しは、僕に念を押した。

刻印の様に私の脳裏には 、ばあちゃんの言葉とこの海の荒さが押し付けられた。


あれから何十年ぶりに

僕はここへ帰ってきた。


ばあちゃんはもう居ない。

死んだ。

葬儀に出るために戻ったが、海には来なかった。


死んだばかりのばあちゃんの御霊を化け物が持って潜ってしまいそうに感じたからだ。


力の限り抵抗したって

僕に

それを阻止できる自信がなかったからだ。


四十九日開けるまで行ってはならない。そう思った。



岸壁に立つ。

海は荒々しさがなかった。


こんなに静かに揺らいでいる海は僕の記憶の層に挟まれていない。


まるで真新しい海へ来たみたいだ。


化け物の匂いがしない海。


化け物は満足したのだろうか。

汚名は外せたのだろうか。



それとも 十分な仲間が海中に揃ったのだろうか。


潜って宥めた

御霊でもいたのだろうか。


僕は考えていた。


少なくとも今ここに立つ僕は

ばあちゃんの話の中にいた

海からあがった化け物が 人間を殺してはいない と思っている。


この海は

悲しみを含有する。


でも

決して


同胞の集まりじゃない。


分からないけど

そんな風に思ったんだ。


水平線が遠くに見える。

今日は

空と海

その境界を引くまでもないような日に思えた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ