第7話:疑惑の社内ランチ
―誰かに気づかれそうなスリルも、ふたりにとっては愛の証。
「ねえ、最近思わない?
御上さんと千賀さんって、ちょっと距離近くない?」
ランチタイム。カフェテリアの一角。
軽い噂話のように投げかけられた言葉に、同僚たちの視線がそっと動いた。
「え、付き合ってるってこと?」
「いやいや、あの2人でしょ?ないでしょ~」
「でも…目、合う回数が多いような気がするんだよね…」
真琴はそのざわつきを感じ取りながらも、何食わぬ顔で資料に目を通していた。
しかし、内心は冷静ではなかった。
(そろそろ…限界か)
千聖もまた、会話には加わらず、静かにサラダをつついていた。
ふと視線を上げると、真琴と目が合う――
一瞬のうちに視線をそらす。
けれどその短い交差だけで、お互いの「不安」が伝わっていた。
***
その日の午後、誰もいない資料室。
千聖は追加の契約書ファイルを探していた。
すると――
「……御上さん」
背後から聞き慣れた低い声がして、びくりと肩が跳ねた。
「千賀さん…」
「すまない。驚かせた」
「……いいえ。私の方こそ、空気が読めてないのかも…」
そう言いながら、千聖は肩を落とす。
「今日、ランチで言われたんです。『付き合ってるの?』って。
私たちのこと……もう隠しきれないのかなって」
その瞳には、揺れる迷いと不安が映っていた。
真琴は少しだけ間を置いて、言った。
「……俺たちは、隠してるんじゃない。守ってるんだ」
「……」
「この関係を、会社のルールや誰かの好奇心で壊されたくないだけ。
でも、いつかちゃんと全部話す。その時まで、俺の言葉だけ信じてくれ」
その瞬間、千聖の手を取り、誰もいない棚の陰で――
彼は強く、深く、キスをした。
静寂の中で、書類の紙がわずかに風に揺れる音だけが響いていた。
「……私も信じたい。あなたが、守ってくれるって」
そして、千聖もまた唇を重ね返す。
そのキスに、愛と、覚悟と、切なさが込められていた。
***
扉一枚を隔てたこの部屋の中で、ふたりの世界は確かに結ばれていた。
誰にも邪魔できない、静かなぬくもりのなかで。