第6話:報告と沈黙
―この結婚を、誰に知らせ、誰に隠すか。
週明けの朝。
千賀真琴と御上千聖は、それぞれの上司に「報告」のタイミングを迎えていた。
まずは、副会長の相川涼子。
応接室にて、真琴が切り出す。
「私たち、結婚しました。社内ではまだ公表しない予定ですが、直属の方にはきちんとお伝えしたくて」
涼子はほんの少し目を見開き――そして静かに笑った。
「そう。あなたたちらしい報告ね。
周りのことを最初に考えて、でもきちんと通す。……賢い選択よ」
続いて、古賀結花常務、そして広瀬誠一専務へ。
ふたりとも驚きはしたが、反対はしなかった。
「まだ若いけど、信頼してる。
このままお互いが高め合える関係でいてくれたら、それが一番いい」
結花がそう言うと、千聖は少しだけ顔を伏せた。
そして、真琴の隣で微笑んだ。
***
報告を終えた日の夕方。
会社を出ると、あいにくの雨だった。
誰もいないビルの裏手。
千聖が鞄から傘を出そうとすると、真琴がそっとそれを止めた。
「……濡れても、いい?」
「え?」
「少しの時間くらい、いいだろ? ふたりだけの時間なら」
そう言って、真琴は彼女の肩を引き寄せ、
雨粒を受けながら、そのままキスを交わした。
冷たい雨の中で、唇だけが温かかった。
「社内ではまだ秘密だ。だから今だけは、思い切り好きだって言わせてくれ」
「……うん」
千聖の頬を雨が伝う。それが涙かどうか、自分でもわからなかった。
けれどそのキスだけは、たしかに“夫婦”としての、誓いの延長だった。
***
その夜。
千聖は左手の指輪をふと見つめて、小さく呟いた。
「誰にも見せられないけど、でも……私は、幸せ」
その想いを、明日もまた抱えて会社へ向かう。
秘密のままで、堂々と愛し合うために。