第5話:誰にも言えない指輪
―「誰にも言えなくても、あなたに誓いたい」
週末の午後、千賀真琴と御上千聖は、都内の小さなチャペルを訪れていた。
一般の結婚式ではなく、“簡易な契約”という形で予約された一室。証人はいない。ふたりだけの「ふたりだけの式」。
「本当に……今日でよかったんですか?」
ドレスでもなく、ネイビーのシンプルなワンピース姿の千聖が、そっと真琴に尋ねた。
「十分だよ。君と向き合えるだけで、俺には価値がある」
そう答える真琴の左手には、すでに購入済みのペアリングが。
ダイヤはなく、目立つ装飾もない。
ただ、内側に刻まれた小さな文字――
“2025.4.×× M & C”
それが、ふたりの「はじまりの日」だった。
***
式の進行は10分ほどで終わった。
牧師も立ち合いではなく、形式上の書面だけ。
だが、ふたりにとっては十分すぎる時間だった。
「指輪……はめてもいいですか?」
千聖がそう言って、真琴の左手薬指に指輪を通した。
そして、その手をゆっくりと自分の頬に当てる。
「……これで、隠さなきゃいけないものが、また一つ増えましたね」
「でも、俺たちだけが知ってることなら、それは誇っていい」
真琴がそう囁いたあと、静かに彼女の腰を引き寄せ――
そのまま、深く、長く、口づけた。
外に聞こえる教会の鐘の音。
誰も見ていない礼拝室で、ふたりはそのキスに全てを込めた。
***
式の帰り道、千聖は指輪を左手から外し、ポケットにしまおうとした。
「見られたら困りますから……」
「それでも、時々はつけていい」
真琴がそう言って、彼女の手を取る。
「社内じゃ気を遣う。だけど、俺の中ではずっとつけてるよ」
ふたりは微笑み合いながら、ビルの影へと消えていった。
それはまだ、名前のない関係。
でも、ふたりだけの“誓い”がそこには確かに存在した。