第4話:交際0日婚の衝動
―「好き」より先に、「一緒にいたい」がこぼれた。
会議が終わり、オフィスビルの最上階。
来客用の応接室は、もう誰もいなかった。
だが、千賀真琴はその部屋に、ひとり御上千聖を呼び出した。
「……何か、ありましたか?」
資料を抱えたまま入ってきた千聖の表情は、少し緊張を帯びていた。
「ちょっと話したかっただけだ。5分で済む」
そう言いながら、真琴は窓際の椅子に腰を下ろす。
数秒の沈黙。
「俺たち、付き合ってないよな」
唐突な言葉に、千聖の肩がわずかに動いた。
「……はい。でも」
「俺たち、もう何度もキスしてる。
仕事の話以外もしてる。たぶん、お互いの癖も、言葉の選び方もわかってきてる」
千聖は黙っていた。
ただ、その視線だけが真琴をまっすぐに見ていた。
「だから、俺は……」
真琴は、スッと胸ポケットから小さなケースを取り出した。
「これ、渡したくて」
開けると、中にはシンプルな銀の指輪。
ダイヤも刻印もない。ただ、確かな重みだけがそこにあった。
「付き合うより先に、これを渡すのは非常識だってわかってる。
でも、“今”じゃなきゃダメだって、思ってしまったんだ」
「千聖、結婚してほしい」
「――…え?」
「交際0日婚でいい。今この瞬間にしか言えない気がする。
これ以上、気持ちを抑えてる方が、俺にとっては不自然なんだ」
千聖はその場で動けなかった。
自分でも驚くほど、何も言葉が出てこない。
けれど、ただひとつだけできたことがあった。
彼に近づき、両手で顔をそっと包んで、唇を重ねた。
熱くて、震えるほど愛しくて。
指先が、肌の温度を確かめ合うように震えていた。
そしてそのキスの中で、千聖は目を閉じながら微笑んだ。
「……じゃあ、付き合ってるってことでいいですよね?
結婚するなら、ちゃんと恋人同士から始めたいです」
真琴はゆっくりとうなずき、
「……了解。じゃあ、恋人として――初めてのキスだな」
そう言って、もう一度唇を重ねた。
***
その日、ふたりはようやく“恋人”になった。
でも、もうずっと前から恋は始まっていたことを、どちらもわかっていた。