第0話:1年目の娘と、ふたりの夜
―家族になって、1年が経った。けれど、愛は今も更新されていく。
その夜、娘はすぐに眠った。
リビングのソファには、いつものふたり。
千賀真琴と御上千聖。
「……寝かしつけ、うまくなったね」
「毎晩だもん。あなたも、オムツ替え手慣れたよね」
「なあ、そろそろ“パパ歴1年”で表彰してもいいんじゃないか?」
「……じゃあ、今夜のご褒美はキスね」
千聖がいたずらっぽく笑って唇を近づける。
真琴は苦笑いしながら、その唇を受け止めた。
長くも、静かでもない――でも、ふたりの今を確かめる、やさしいキス。
「今日、保育園で“パパに似てますね”って言われた」
「え、マジで? それ褒められてるのかな……」
「うん。『安心して寝てくれそうな顔』って」
ふたりは顔を見合わせ、声を立てずに笑った。
いつの間にか“親”という顔になっていたことが、少しくすぐったい。
***
夜も更けて、バスルーム。
湯気の中で背中を流し合いながら、千聖がふと真琴に聞いた。
「……ねぇ、最近さ。私の身体、変わったと思わない?」
「変わったよ。母になったって意味で」
「見た目じゃなくて……こう、女としての魅力的な意味では?」
「……むしろ、増してると思ってる」
真琴が正面から千聖を抱き寄せ、そっと唇を重ねる。
裸のまま、湯気の中で長く、やさしく。
「ねぇ……覚えてる? 娘が生まれた日」
「もちろん。あれ以上に泣いたことないよ」
「あなたが私の手を握って、何度もキスしてくれたの、忘れない」
バスルームの小窓から風が流れ込む。
「……あのとき、これが“最後の出産”って思った?」
「思わなかった。むしろ、“またあなたの命を抱けたらいいな”って思った」
千聖は驚いたように目を開き、そしてふと微笑んだ。
「……それ、叶うかもしれないよ」
「え?」
「なんとなく……そんな予感がしてるの」
「それって……」
「まだ確信はないけど。――でもね、身体が覚えてるの。前と似てるって」
真琴は目を見開いたあと、ゆっくりと彼女の額にキスをした。
「……だったら、その予感、大切に育てよう」
夜が、またひとつ、ふたりを近づけていく。
***
明け方、娘の寝息の中で、ふたりは手をつないだまま眠っていた。
目を閉じながら、千聖は心の中で思った。
(もし、また命を授かったとしたら――
私は、この人となら、何度でも母になれる)




