第6話:胎動と涙、やさしい夜
―この命は、報告ではなく“希望”の知らせ。
月曜の朝、役員会議の前――
御上千聖は、千賀真琴の手をそっと握った。
「……本当に、言うんですか?」
「大丈夫。言うべきタイミングだと思う」
「でも、まだ初期ですし……」
「だからこそ、先に伝えておく。信頼できる人たちだけに」
ふたりは、社内でも限られた人物にだけ報告することを決めていた。
七瀬美咲会長、橘悠真社長、古賀結花常務、広瀬誠一専務、そしてふたりの直属の上司――この5人だけ。
***
会議室の奥。
円卓を囲んだ重役たちがそろい、報告の順が回ってきた。
真琴が静かに立ち上がり、言った。
「個人的なことで恐縮ですが――
私たちふたりの間に、新しい命が宿りました。
現在妊娠5週目で、安定期までは慎重に動きますが、事前にご報告させていただきます」
一瞬の沈黙。
そのあと、真っ先に立ち上がったのは――七瀬美咲だった。
「……おめでとうございます」
穏やかに、そして力強く。
続いて、橘悠真社長も柔らかく頷いた。
「報告してくれてありがとう。無理はするな。
俺も……そういう時期があったから、よくわかる」
(そう――“8回分”の経験者として。)
古賀常務も、温かな笑みで返した。
「社内初の“取締役夫婦”が、“取締役パパとママ”になるのね。
応援するわ」
広瀬専務は、静かに言葉を添えた。
「必要な体制はすべて整える。遠慮なく言ってほしい」
直属の上司もまた、「仕事のフォローは私が引き取りますから」と即答してくれた。
千聖の手が、震えていた。
(こんなに……優しい空気の中で、祝福されるなんて)
ふたりは再び席につき、そっと手をつないだまま――
そのぬくもりを確かめていた。
***
夜。
自宅のリビングで、千聖はベッドに腰掛け、ゆっくりと自分のお腹に手を添えた。
「……今日、ありがとうって言われたんだよ。
あなたが、来てくれたおかげでって」
真琴が隣に腰を下ろし、膝の上に千聖の手を重ねる。
「こっちこそ。……ありがとう」
そして、彼女の手をそっとどけて、自分の唇をお腹に当てた。
「ここに、いてくれてありがとう」
しばらく静かな時間が流れたあと、千聖が小さく息を呑んだ。
「……今、動いた気がする」
「え?」
「小さく……ほんの少しだけ。でも、確かに」
真琴の目に、涙が浮かんだ。
「……生きてるんだな。ちゃんと、ここに」
彼は千聖の肩を抱きしめ、もう一度、彼女の唇に優しくキスを重ねた。
「今日が、これまでで一番やさしい夜だな」
千聖もそっと微笑んだ。
「まだこれから、もっとやさしくなるよ。
あなたが“パパ”になる頃には――きっとね」