第5話:妊娠、はじまりの命
―「ありがとう」と言える幸せが、ここにある。
最近、御上千聖の様子がおかしかった。
朝、ほんの少しだけ顔色が悪い。
夜になると、いつもより疲れて見える。
それでも彼女は「大丈夫」と微笑んだ。
しかしある日。
会議室から出てきた直後、ふらりと足元が揺れて、
それを千賀真琴が支えた。
「……千聖」
「ごめん、大丈夫。ちょっと、貧血かも」
ふたりだけの会議後だった。
会議室を出てすぐ、廊下の隅でそのまま肩を支えた真琴は、いつになく真剣な表情で言った。
「……病院、行こう。今すぐだ」
千聖は少し戸惑いながらも、うなずいた。
***
その日の夕方。
病院の個室で医師から告げられた言葉は――
「おめでとうございます。妊娠、5週目です」
一瞬、時間が止まったような静寂。
千聖が「……え?」と聞き返すのと同時に、真琴はその言葉を噛みしめた。
「妊娠……してたんだ……」
待合室に移ったあと、真琴は隣の千聖の手を取った。
「ありがとう」
「……なんで、あなたが泣くの」
千聖の声は震えていた。
「嬉しくて。信じられなくて。
君の中に、俺たちの命があるって……こんなに、幸せなんだなって」
彼は千聖の手をそっとお腹にあて、そして――
そっと、キスを落とした。
「……ここに、いるんだな。もう守りたいって思ってる」
千聖は涙をこらえながら微笑み、
真琴の髪を優しく撫でた。
「私も、信じられない。でもね……不思議と怖くない。
きっと、この子があなたと私の“つながり”を、もっと深くしてくれる気がするから」
その夜。
ふたりは家に帰って、静かに向かい合った。
ベッドの中、抱きしめるだけの時間。
キスも、触れるのも、すべてがやさしかった。
「今日から、君の身体は俺の一部だと思う」
「……じゃあ、もっと大事に扱ってね」
「当たり前だ」
この日から始まった命が、ふたりの未来を変えていく。