第3話:社内で噂が、そして――
―隠しているのではなく、“守っている”だけ。
昼下がりのオフィス。
ふと耳に入ってきた声が、御上千聖の指を止めた。
「最近さ、やっぱり千賀取締役と御上取締役って、仲良くない?」
「いやいや、まさか。あのふたりはプロでしょ」
「でもさ、会議中に目を合わせる頻度、多くない?」
「……付き合ってる、ってこと?」
その言葉に、千聖は息を呑んだ。
でも、すぐに背筋を伸ばし、何も聞かなかったかのように書類を閉じた。
(隠してるわけじゃない。ただ、今はまだ……)
その夜、千賀真琴もまた、別の部署の社員から
「最近、御上さんと距離近くないですか?」と軽く冗談めかして言われた。
「……そう見えたか?」
「はい。なんか、呼吸が合ってるっていうか、ぴったりだなって」
真琴は笑ってごまかしたが、胸の奥には静かな警鐘が鳴っていた。
(守りきれるだろうか、この関係を)
***
夜。
ふたりが帰宅すると、リビングの空気がどこか重かった。
「……聞いたよ、今日」
千聖がワインを片手に口を開いた。
「“付き合ってるんじゃないか”って、また言われたの」
「……俺も、言われた」
ふたりは一度目を合わせ、ソファに並んで座った。
「ねえ、真琴さん。
私たちって、誰かに隠れてるように見えるのかな」
「違う。俺たちは――守ってるだけだ」
「……うん」
ふたりは、そっと手を重ねる。
そして、真琴が小さく囁いた。
「人に見せるために一緒にいるんじゃない。
お前とだけ、わかり合っていたい。俺にとって、それが“夫婦”だよ」
その瞬間、千聖がそっと頬を寄せてきた。
「……キスして。
ちゃんと、あなたの中にある“私”を、確かめさせて」
真琴は何も言わず、彼女の唇に優しく口づけた。
一度。二度。
やがて深く、息が混じるほど長く――
それは「好き」よりも、「信じてる」という意味を持つキスだった。
***
「たとえ誰に何を言われても、
あなたといることが、私にとっての“正解”だから」
千聖がそう呟くと、真琴はそっと額にキスを落とした。
「……俺も同じ。だから、堂々と隠し通そう」