第1話:ふたりの昇格、異動の取り消し
―「並んで歩く未来」は、きっとこの日から始まった。
朝。
千賀真琴は、キッチンでコーヒーを淹れながら、背中越しに問いかけた。
「……昨日のこと、まだ動揺してる?」
「ええ、少し」
御上千聖はソファに座りながら、ネクタイを整える真琴を見て微笑んだ。
「でも……夜には全部、溶けました」
真琴も笑い返し、
カップを手渡しながら、そっと囁いた。
「ならよかった。俺も……昨日が、最初の“夫婦の朝”だと思ってる」
ふたりはキスを交わす。
熱くもなく、軽くもなく。
“これから”を誓うような、優しいキスだった。
***
その日の午前、全体取締役会議。
新たに追加任命される2人の名前が読み上げられた。
「千賀真琴、御上千聖。
取締役として、本日付で正式に任命する」
会議室の空気が、一瞬ざわめいた。
若すぎる。夫婦である(と噂される)2人を同時に?――
だが、七瀬美咲会長は一切の迷いなくその場を締めた。
「年齢ではなく、実力です。
そしてこのふたりの“冷静さ”と“信頼関係”こそが、会社の未来を支えます」
一礼したあと、ふたりは席に戻る。
その途中で、広瀬専務が小さく囁く。
「……御上くんの異動は、正式に“撤回”されたからね。ふたり一緒で進みなさい」
千聖はうなずいたあと、小さな声で答える。
「……はい。もう、離れたくないので」
***
その夜。
ワインを傾けながら、ふたりはソファで隣り合っていた。
「ねぇ、会社では“平等に”って言われたけど」
「うん?」
「家では“甘えて”もいいよね?」
「いいよ。むしろ、甘えてほしい」
そう言って、真琴がグラスを置いた瞬間――
千聖が膝の上に座ってきた。
「え? ちょ、ここで?」
「……取締役なんだから、夜のご褒美くらい欲しいなと思って」
いたずらっぽく囁いて、
そのまま、ふたりの唇が重なる。
深く、甘く、そして――静かに熱を灯すキス。
「……もう1回だけ、昨夜の続きをしてもいい?」
「何度でもどうぞ。今日は“取締役任命祝い”だからな」
ふたりの影は、ソファの上で寄り添いながら溶けていった。
明日からは、肩書きも視線も、変わっていくだろう。
でもこの夜だけは、名前も役職も脱ぎ捨てて。
――ただ“恋人であり夫婦”のふたりとして。