第0話:社長の正体、そして“夫婦の夜”へ
それでは、『秘密のエグゼクティブ・ラブ ―married life編―』より――
―「交際0日婚」だったふたりが、ようやく“本当の夫婦”になる夜。
「……え?」
御上千聖は一瞬、時が止まったように感じた。
取締役昇格の報告会議の中。
人事異動の説明が終わった後、橘悠真の名前が「新社長」として読み上げられた。
それだけでも十分に驚きだった。
だが、その後、古賀結花常務が何気なく付け加えた。
「ちなみに、会長の旦那さんでもあるのよ。美咲会長の」
「……え?」
真琴の同期。あの“橘”が――社長?
しかも、七瀬美咲会長の夫?
隣に座っていた千賀真琴が、少しだけ苦笑していた。
「……言ってなかったけど、俺、知ってた。
でも、あの人たちも“秘密の夫婦”だったからな。言うタイミングを逃してた」
「真琴さん……あなたも、同じように秘密にしてたじゃない」
「……そうだな。お互い様か」
***
その夜。
ふたりはいつものようにマンションへ帰宅したが、どこかぎこちない沈黙が流れていた。
食事も済ませたあと。
千聖がぽつりとつぶやいた。
「私たち、交際0日婚だったんですよね……」
「うん」
「なのに、まだ……ちゃんと、触れ合ったことないんだなって、ふと思って」
真琴は言葉を選ばず、ゆっくりと彼女の手を取った。
「……今日、そうしよう」
「……今夜?」
「うん。もうずっと一緒にいるのに、“夫婦”になった夜がなかった。
だから、今から始めよう。ちゃんと、お互いに全部見せ合って、確かめよう」
その声は、優しくて真剣だった。
***
バスルームの扉が閉まる。
湿度を帯びた空気の中、静かに衣服を脱いでいくふたり。
最初は照れて、笑って、ごまかして。
でも、真琴が千聖の肩に手を添えた瞬間――
視線が重なり、空気が変わった。
「……綺麗だよ。ずっと、見たかった」
「……私も、見られたかった。触れられたかった」
湯気の中で、ふたりの身体がゆっくり重なっていく。
互いに初めて触れるぬくもり。初めて知る熱。
心も身体も、確かめるように指先がなぞっていく。
唇が合わさり、ほどけて、また重なり――
声も熱も、抑えられないまま零れていく。
「ねえ……痛くしないでね」
「しない。優しくする。愛してるから」
***
その夜、ふたりは“本当の意味で”夫婦になった。
言葉以上に、身体が覚えていく。
互いの温度と、重さと、リズムと、愛し方。
夜が明けるまで、ふたりは何度も唇を重ね、抱きしめ合い、
愛を育てた。
「今夜、ようやく本当に、あなたの妻になれた気がします」
真琴は彼女の額にキスをして、囁いた。
「もう遅いよ。最初からずっと、君は俺のものだ」