第9話:秘密の夜と未来の約束
―“いつか”という言葉を、現実に変えていくキス。
重要な契約が成立した夜。
千賀真琴と御上千聖は、社外に祝賀の場を設けることもなく、社内の屋上へと足を運んだ。
オフィスビルの最上階。夜風が心地よく吹くその場所は、ふたりだけの“秘密の場所”だった。
「やっと一区切りつきましたね」
千聖が星を見上げながら言った。
「おかげで助かった。君の判断がなければ、ここまでうまくいかなかった」
真琴の声には、純粋な感謝がにじんでいた。
千聖は小さく笑うと、屋上の手すりにもたれて言った。
「こうして並んで夜景を見るたびに思うんです。
もし、私たちに子どもができたら――この景色を一緒に見せてあげたいって」
真琴はその言葉に、数秒だけ返す言葉を探した。
そして、ポケットに手を入れながら、ゆっくり言った。
「……その“もし”を、“いつか”に変えてみようか」
「……え?」
「いつか、君が望むなら。
君となら、きっといい家庭を築ける。そう思える」
千聖は驚いたように目を見開いたあと、そっと微笑んだ。
「……その言葉、ちゃんと記録しておきます。
忘れないように、心にメモしておきますね」
その瞬間、真琴は彼女を引き寄せた。
風が吹き抜ける夜空の下――
ひとつ、未来を約束するような、深いキスを交わした。
唇と唇が触れ合う音さえも消される静寂の中で、ふたりだけが存在していた。
「……このまま時間が止まってくれたらいいのに」
千聖がそう呟くと、真琴は彼女の髪を撫でながら答えた。
「止まらなくていい。進んでいこう。
君となら、どんな未来でも構わない」
***
誰にも話していない未来の話。
でも、確かに“ふたりの間では始まっている”未来のかたち。
夜空の星が、ふたりの秘密をそっと見守っていた。