第8話:すれ違いの先に
―初めての衝突、それでも離れられない理由。
「この件、私の判断で進めます」
御上千聖は、冷静に言い切った。
その声に、千賀真琴は少しだけ間を置いてから、静かに反論する。
「だが、法務の一存で判断するにはリスクが高い。戦略部としてはもう少し慎重にいきたい」
「けれど、それでは時間が足りません。今、決めなければ機を逃します」
淡々とした言葉のやり取り。
普段と変わらないはずなのに、どこか空気が重い。
会議室にいた他のメンバーも、二人の雰囲気に気づき始めていた。
「……私情を挟んでるわけではありません」
千聖が言ったその一言に、真琴の胸がわずかに波立った。
(私情……か)
***
その夜、真琴のマンション。
ふたりは予定通り会うはずだった。
けれど、インターホンを鳴らすのに、千聖は少し躊躇していた。
扉が開く。
無言のまま、靴を脱いで、リビングへ。
ふたりとも、言いたいことは山ほどあった。
でも、どの言葉から出すべきかわからない。
先に口を開いたのは、千聖だった。
「……今日のこと、ごめんなさい。
あの言い方は、あなたを信頼してないみたいで」
「いや、俺も悪かった」
真琴はソファに座り、彼女の隣に目線を落とす。
「君が信念で動いてるのはわかってたのに、俺が…変にコントロールしようとしてた」
数秒の沈黙。
千聖の目に、静かに涙が溜まっていた。
「怖かったんです。
社内でのあなたの立場も、私との関係も……
もし私の判断で、全部壊れてしまったらって」
その声に、真琴はゆっくりと彼女の手を取り、膝の上にのせる。
そして、顔を寄せ――
「壊れない。何があっても、君を失う方が怖い」
そう言って、そっとキスを落とした。
涙が頬をつたっているのに、唇は微かに震えていた。
そのまま何も言わず、真琴は千聖を抱きしめた。
頬、額、目元――ひとつずつ、確かめるようにキスを重ねる。
そして最後にもう一度、唇を重ねたとき、
千聖が小さな声で言った。
「……やっぱり、あなたじゃなきゃ、だめみたい」
***
喧嘩しても、意見が違っても。
このキスの重なりだけが、ふたりを繋いでいた。
すれ違いの先に待っていたのは、“信じ直す”ための時間だった。