「シロ」忘れられない君へ
実家でずっと猫を飼っていました。
その中で一番思い出深い猫のことを書きました。
その猫がうちに来たのは秋のことだった。
「ただいま」
「お帰り」
母の声だ。
「玄関見たか?」
単身赴任中の父が帰って来ていた。
「え、見たけど」
「扶養家族が増えたぞ」
「は?」
何を言っているのか分からなかった。
「玄関の段ボールの中を見てみなさいよ」
玄関に戻ると、確かに普段は無い段ボールが置いてある。
蓋を開けてみる。
すると、中に4匹の子猫が居て、シャーシャーとかわいい顔で威嚇してくる。
牝1匹、牡3匹の子猫たちだった。
どうやら我が家に出入りしていた牝猫が産んだ子供だそうだ。
確かに、その牝猫はお腹が大きかったが、最近はすっきりしていた。子供を産んだのは確かだろう。
そういえば、母はその猫のお腹がしぼんだころから「家に連れておいで」と話しかけていた。
(本当に連れて来たんだ)
俺は感心した。
まあ、でも子猫たちのかわいい事。人に慣れていないけど。
我が家には代々猫がいる。
オスなら『ゴン』、メスなら『ミー』と命名される。
当時、うちには「ゴン」がいて、出入りしていた牝猫は「ミー」と呼ばれていた。
しばらくして、お腹もすいてきたであろうから、ミルクをあげるために箱から出した。
人を警戒しながらも、4匹ともミルクは飲んだ。
すると、ただ一匹の牝猫はもう人の方に自分からやって来た。
寝るために布団を敷いていたが、母のそばでコテンと横になる。
この猫はすぐに貰い手が見つかった。
後の3匹は結局貰い手は見つからなかった。
それから我が家は大変に賑やかとなった。
何しろ3匹で毎日家の中で運動会をするのだから。玄関と裏口をひたすら駆け回って往復し、行った先で何かが倒れた音がする。時々横になっている人間を越えて行ったりもした。
腹がすくと今度はこっちにやってきてご飯をねだる。3匹で足にまとわりつくから歩きにくい事極まりない。
さて、何をあげよう、確か母がきびなごを買ってきて猫用に煮付けていた。
ごはんにきびなごを混ぜて出してあげる。
3匹ともむしゃむしゃと食べ始める。そのうち顔を上げて「うにゃー」とこちらに向かって鳴く。
そうかそうかうまいか。
まったくかわいくてしょうがない。家の中はボロボロになって行くけど。
食事の後は昼寝の時間だが、寝転んだりしているとこちらの顔を舐めたりする。ザラっとした猫の舌がちょっと痛い。ついでにげっぷしたりする。煮つけのにおいがする。
我が家の猫達にヒエラルキーはあり、たまたま畳んだままの布団が置いてあるときに、一番高い所にゴン、次がミー、畳の上に子供立ちが居た。
それを見て、感心したのを覚えている。
さて、冬になった。
子猫たちには初めての冬である。
朝、畳に胡坐をかいて朝飯を食べていると、ちゃぶ台の下から顔をのぞかせて前足をもんで寒いアピールをする。
しょうがないから、膝をポンポンと叩くと、ゴロゴロ言いながら3匹とも乗ってくる。ちょっと重いがこちらも暖かいのでよしとする、時々母猫のミーまで乗って来た。
毎朝こんな感じだった。
年が明けて暖かくなったころ、異変は起きた。
母猫が急に子供たちを遠ざけるようになった。近づくと威嚇する。
(親離れをうながしているのかな)と思っていた。
違った。
3匹のうち2匹が居なくなった。正確に言うと家に帰ってこなくなった。
家には1匹の子猫「シロ」だけが残った。
シロはひどい下痢をしていた。
あまりにそこら中に便をするので、叱ったりしていた。そして、このことはずっと後悔している。
動物病院に連れて行った。
『猫伝染性腸炎』という事だった。この地域で流行しているとの事。
それから、その猫の看病が始まった。
ちょうど春休みとなり、家族交代で付きっ切りで看病だ。
下痢がでたら、風呂場でお尻を洗ってあげて、ドライヤで乾かしてあげた。
鼻から頭へ撫でてあげると、少し嬉しそうにするので、一緒に居られるときはずっと撫でてあげた。
徐々に瘦せていき、もう起き上がれない。
俺はただ、あたまを撫で続けた。
もう春休みが終わる、日中は面倒を見れない。
動物病院に入院させる事にした。
ケースの中で寝かせられていたが、家族が帰ろうとすると、起き上がろうとした。
おいて行かれると思ったのだろう。心が痛んだ。
帰りしな、家族は無言だった。
翌日、シロの遺体を引き取りに行った。
入院した夜に旅立ったそうだ。動物病院の先生が看取ってくれた。
母は、人に看取ってもらえてよかったと言った。
先生は、太っていたからこんなにもったんだと思います。と言っていた。
車窓から外を見ながらごはんをねだられていた時を思い出した。
家の裏庭に穴を掘った。
冷たく硬くなったシロを入れる。
母は、口のあたりにきびなごを置いてあげた。
食べられなかったから、たくさん食べなさい。母がそう言うと、突然嗚咽が込み上げてきた。
母と、兄と、俺と3人で泣いた。
猫は自分の死期を察知するといなくなる。過去の経験からそうだ。実際、2匹はいなくなった。
シロはいなくならなかった。
最後まで俺たち家族といることを選んだ。
思えば、一番甘えん坊だった。
叱ったりしてごめん。家族と最後までいてくれてありがとう。
忘れられない君へ。