20)
二つの国旗が振り上げられた瞬間、地を蹴るように踏み出した二人の剣が交差し、やがて剣戟の音が響き渡る。重たい刃を受け止め、そしてまた攻撃を繰り出す。その繰り返しを、レイラは固唾を飲んで見守る。
最初は両者共に実力にさほど違いはなさそうに見えたが、だんだんとアシュリーが押していくのがわかった。
「アシュリー! がんばって!」
レイラは時々身体を浮かせそうになったり両手を握ったりして、いつの間にか必死に応援してしまっていた。側に控えていたノーマンの冷やかしの声すらも届かないくらいに。
集中しているアシュリーにレイラの声援が届いたかどうかはわからないが、勢いをつけたアシュリーが相手の剣を落とした。
「参りました」と、ギルが悔しそうに、でも清々しい表情を浮かべて敗北を認めた。
「そこまで!」
審判から掛け声があると、アシュリーはすぐにギルへと手を差し出して、ギルもまたその手をしっかり握り返した。会場内では拍手がわっと沸き起こった。
アシュリーを褒めたたえる声が聞こえると、レイラまで嬉しくなる。無意識に表情を綻ばせていると、アシュリーがこちらの方を向いた。遠くて細かな表情は見えないが、彼は微笑んでいるようだ。レイラは手を振って、それから彼に向けて拍手を送る。
――その後も、アシュリーの勢いは止まらなかった。
駆けあがってきた残りの円卓の騎士たち、ロイド、エリック、ジェフを倒し、勝ち抜き続けた彼はついに優勝したのだった。
わあっとひと際高い歓声が湧きおこった。その歓声や拍手は闘技場いっぱいに響き渡るくらいの大きさだった。レイラもまた跳ねるように拍手をしていた。
すると、隣にいたノーマンが声をかけてきた。
「さて、ここで大事なお役目があります。いよいよ聖女様の出番ですよ」
「え?」
「勝者には祝福のキスを贈らねばなりません」
「……っ聞いていなかったけれど?」
(ゲームにもそんなシーンはなかったのだけど……!)
なんでも説明をしてくれるノーマンが事前に何も言わなかったということは、故意に隠していたということだ。しらばっくれたような顔をしたノーマンを、レイラは睨んだ。
「アシュリーが勝利をするとは決まっていませんでしたからね。余計なことを言って貴方の機嫌を損ねたくなかったのです。そうでなくても青い顔をしたり赤い顔をしたりしていましたからね」
ノーマンはしれっとそんなことを言い、当たり前のようにレイラを案内しようとしている。さすがお目付け役の彼は侮れない、とレイラはため息をついた。
祝福のキスを贈る相手がアシュリーで良かった、とは思うものの、レイラにとっては余計に緊張してしまいかねない。
なぜなら、またあの図書館でのキスのことを思い出してしまったからだ。
(私のバカ。なんでこのタイミングで思い出してしまうの……)
今回はあの夜とは違う。
神聖な場で、騎士である彼の栄光を称える場。聖女としての務めを果たさなければならないのだから。
(しっかりしなくちゃ……!)
レイラは言いきかせるようにして、待機しているアシュリーの前に立った。
アシュリーは恭しく礼をとったあとで跪いて頭を垂れる。
勝手のわからないレイラのすぐ後ろに控えていたノーマンが耳打ちしてくる。その通りにレイラはアシュリーに声をかけた。
「アシュリー・クレイ」
「はっ」
「あなたに、騎士としての最大の誉れと、祝福の褒賞を――」
その言葉と共に、アシュリーが跪いた姿勢のままで顔をあげる。そして、レイラは緊張しつつも彼の頬へと勝利のキスを捧げた。すると、アシュリーはレイラの手を引き寄せ、その手の甲へとキスを返す。その濡れたやわらかな感触が、レイラの内側を満たしていく。
見やると、アシュリーの表情はおだやかに輝いていた。
「光栄に存じます。今後も貴殿のために命ある限り、この剣にこの身を捧げることを誓います――我が君」
まだ引かない熱に額からは珠のような汗が滴る。しかしそれを感じさせない清々しい彼の表情に、レイラの鼓動が波を打つ。そして、凜とした響きを持つ彼の声に、レイラははっとさせられた。
任務がどうではなく、ただ己が為に戦うことを、彼も騎士の一人として誉れに思っているのだ。そんな勇ましい彼の一面にレイラの心は動かされていた。
我が君、と想いを捧げられる心地よさと共に、彼への切なる想いが熱くこみ上げてくる。
アシュリーが側にいてくれる心強さを、彼という存在の意味を、そして彼に認められることの尊さを、自分が今レイラでいられることの運命を、今ここで受け入れたいとつよく思った。
(アシュリー……やっぱり私は、あなたのことが……)
甘い痛みがじんと胸に広がっていた。泣きそうになるくらい震える心がそこには在った。この状況に、レイラは素直に感動していたのだ。
その後、アシュリーはすぐに下がって、レイラもノーマンの付き添いの元、観覧席へと戻った。だが、レイラはずっとアシュリーの先ほどの様子が目に焼き付いて離れなかった。
最後に国王からの言葉が皆へと届けられるが、それすらもレイラの耳には入ってこない。忙しない心臓の音がいつまでも鼓膜を揺らしていたからだ。
「……どうしても貴方に初めての勝利を捧げたかったのでしょう。あんなに嬉しそうなアシュリーの顔は初めて見ましたよ」
ノーマンがこっそりとレイラの側で囁く。弾かれたように顔をあげれば、そんなノーマンも嬉しそうにしていた。仲間の勝利が嬉しいのか、或いは彼の思惑通りになったことに満足しているのかは計りかねるけれど。
「私も嬉しいです。アシュリーが優勝したことを、聖女として……誇りに思います」
本当はレイラ自身がそう思っている。けれど、今はこんなふうに言った方がアシュリーのためになる気がした。
「よろしい。では、今晩の祝宴はたっぷりと盛り上げて参りましょう」
「ええ!」
甘い感傷はそっと胸に仕舞っておこう。
今夜は彼らのことを労い、そして祝宴を心地のいい場所にしたい。
聖女である自分を受け入れるのならば、今、このときこそ正しいと思えた。
レイラの胸は弾んでいた。王宮にきてから初めて……否、この世界に生まれて、レイラが読書以外に心を動かされた時間だった。




