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プロローグ

 別々の人間がお互いに恋に落ちて、相思相愛の末に結ばれることを【奇跡】と呼ばないなら、それはなんて呼べばいいだろう。

 私は恋をしたことはあるけれど、恋愛をしたことはない。片思いの甘酸っぱさや息苦しさは知っていても、お互いを想い合える幸せや愛おしさがどんなものかは知らない。残念ながら、二十三歳になるまで私には【奇跡】は起こらなかった。

 でも……疑似体験することはできる。その主な媒体は漫画や小説やアニメなど色々あるが、その中でも没入感を与えてくれるのが【乙女ゲーム】だ。

 乙女ゲームの世界では、ゲームをプレイするだけで、恋をするときめきや相思相愛の気分を味わうことができる。ある日を境に乙女ゲームにすっかり嵌ってしまい、やがて私はいろいろな乙女ゲームのソフトを買いあさるようになっていた。

 気付けば、生身の人間との恋愛には興味をなくしたまま、大学を卒業して就職した。職場では、パワハラ上司やいじわるな先輩に目をつけられないよう、周りの顔色を窺いながらなんとか賃金を得るために生きる日々。こんな自分に価値などあるのだろうか、と悶々とすることも少なくなく、癒しを求めて縋るように、ますます乙女ゲームの世界に没頭するようになった。

 束の間の休息は全部自分のために使いたい。誰かと恋愛している暇なんてない。

「やっぱり恋愛は妄想してるだけの方が気楽でいいよね」

 それが私の口癖だった。

 しかし。幸か不幸か。【運命】の方は私をそっとしておいてはくれなかった。

 ある日、楽しみにしていた『ローズリングの誓約と騎士姫』のファンディスク通称FD『ローズリングの誓約と騎士姫~トワイライト~』を受取に出かけた帰りに、【運命】の悪戯に遭う。

 帰宅途中に事故に遭い、手に持っていたゲームごと私はそのまま――きっと、即死だったのだろう。目が覚めた時に自分がいたのは病院ではなく、不思議な異世界だったのだ。

(私、異世界に転生した?)

 否、そう感じたのは前世の自分で、正確には、とっくの昔に転生していた自分が、前世の死ぬ前の記憶をふとした瞬間に思い出したということ。

 そして――。

 その異世界が乙女ゲームの世界で構築されていることを改めて実感することになるのだった。

 最初は夢あるいは記憶の混濁かと思った。だが、事実を確かめるごとに答えはひとつ。

「前世で起こせなかった【奇跡】をここで起こしなさいっていうこと?」

 まさか、いくら妄想するのが好きとはいえ、乙女ゲームの世界に転生できるなんて思っていなかったし、現実的にはありえない話だ。夢は夢のままだからこそ美しいというのが定説。

 だというのに。転生した世界が死ぬ前に楽しみにしていた乙女ゲームのファンディスクの世界で、その上、自分が最も推していたキャラと恋や愛を育むことになるなんて――。

 それこそ、乙女ゲーマーの妄想でなかったらなんだというのだろう。

(……こんなご褒美を本当にもらっていいんですか?)

 最初はそんなふうに浮かれていた。見るものが自分の憧れの世界そのものだったから、乙女ゲームが時には過酷な試練を与えるものでもあるということを、すっかり忘れていたのだった。



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