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〈Essay〉日常の中に在るさまざまなこと。  作者: 高峰 玲


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アナタ地味だから




 高校に入ってしばらくした頃、古文の授業中、先生に言われたことがある。


「アナタ地味だから知っているでしょ」


「………………知りません」

 教師よ、沈黙部分の心の葛藤をなんと心得る?


 たぶん、『源氏物語』か『伊勢物語』をやっていたんだと記憶する。話の中で“洗張(あらいばり)”というものが出てきて、生徒はみんなポカーンとしていたのだと思う。何人かに「知っているか」と訊いた後、先生はアリー( 注1)に座る私にそう宣った。


「知っているか」ではなく「知っているでしょう」

断定型である。


 今、これを読んでくださっているかたにもお尋ねしたい。あなたは“洗張”を知っていますか?


 だいたい、このご時世で日常的に和服を着ている人は、どれだけいるのか? 特殊なおうち事情──梨園とかお茶、お花の先生、着付け教室の先生、舞妓さん、芸妓さん、磯野フネさん──くらいではないか? そうでない人は、お正月とか成人式とか結婚式のお呼ばれで着る程度、一度着た後はクリーニングに出して、また箪笥にしまっておく、それが私の中での着物に関する知識だった。

 この教師、推定50代の中肉中背、気のいい“野だぬきポン”といった風体のおっさんである。

 そんな地味なオヤジに「地味」と言われてしまった15歳の私は…………うん。


 因みに、彼の発言の直後、クラスには爆笑の渦が逆巻いておったそうな……。







注1 クラス最前列にして中央に位置する席。席替えの際は忌避率が高いが、居眠りの死角となることも多い。上手くすると睡眠学習が可能となる。





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