パーティー会場の真ん中で愛と婚約破棄を叫んだ結果
「アイーシャ!お前はこのリナを迫害し、危険な目に合わせ続けたろう!その薄汚い性根にはうんざりだ。お前との婚約を破棄し、リナと改めて婚約することとする!」
しぃん……と、年末パーティーの場が凍えたように静かになる。
この学園において、卒業は一種の儀式なのでその前後にパーティーを行うことはない。
ただし年末年始を祝いはするので今日のように学期末に合わせてパーティーを行うのだが、その場で第二王子であるハロルドがやらかしたのだ。
三歩ほど後ろにはリナと呼ばれた少女が、ハロルドの側近となる男子生徒に囲まれて俯き加減に立っている。小刻みに震え、いかにも哀れげだ。
また婚約破棄を宣言されたアイーシャはと言えば、いかにもウンザリと言った顔で、
「またその妄言ですの?まあよろしくてよ。
学園長、証人となってくださいまし。
わたくしと殿下の婚約は、殿下からの申し入れにより破棄に至ったと」
「……致し方ない。陛下にはそのように報告しよう」
露骨に軽蔑を視線に含めた学園長たる壮年の男性は頷き、つとリナに視線を向けた。
「で、そちらの男爵令嬢との婚約とのことですが。
彼女にその旨は伝えたので?」
「リナは私を想ってくれている。無論受け入れてくれるとも。
そうだろう?リナ」
優し気に語り掛けながらハロルドがリナに触れようとした時――バチィ!!と大きく音を立てる勢いでその手が振り払われた。
呆気にとられるハロルド。
やっぱりなという顔のアイーシャ。
リナは――激怒していた。
「何度言えばこいつら分かってくれるの!?
私は婚約者がちゃんといるの!ウチの家と取引のある商会に嫁入りするって決まってるの!
王子に懸想なんかしたことない!ずっと迷惑だって言ってきたわ!
結婚?冗談じゃない!絶対に、絶対に嫌よ!
こんな話の通じない連中と今後も一緒だなんて虫唾が走る!!」
淑女らしからぬ動きで地団駄踏みながら、きれいに梳られた頭をかきむしるようにしながらリナは叫ぶ。
「こんなクズどもに目をつけられたから友達なんてできなかったし、クラスでも浮くし!
婚約者も自分は身を引いたほうがとか言い出すし、誤解解くのにすごい苦労した!
アイーシャ様たち婚約者の皆さんに泣きついて小言を言ってもらっても聞きゃしない!
私の三年間散々だった!返してよ私の三年!」
「り、リナ?」
「気安く呼ぶんじゃねーよクズ!!」
かわいらしい声も絶叫している内容が壮絶過ぎて誰も何も言えない。
アイーシャも扇子で口元を隠しながらも同情の眼差しだ。
リナは元平民の、男爵家当主の愛人の子である。
リナが七歳の頃に夫人が亡くなったことで、後妻とその連れ子として愛人ともども家に迎え入れられ、腹違いの兄ともなんとかうまくやって生きてきた。
さすがに後妻の子であるので貴族家には嫁がせられないと、男爵家と親しい商会の跡継ぎへ嫁に出されることが決まっていた。
なのでリナはこの学園でも商業科に入り、将来的に夫となる人物の助けとなるべく頑張っていたのだ。
入学から三か月ほど。
ある時、何の前触れもなくハロルドに見初められたことが運の尽きだった。
ハロルドは執拗にリナのもとへ通い詰めた。
そうするとクラスメイトはリナを遠巻きにし、クラスに居ないでほしいという空気を出すようになった。
なのでリナは敢えて授業と授業の間の休み時間は廊下に出るようにし、昼食も持ち込んでいるのに教室では食べられず適当な場所を探して食べるようになった。
それもハロルドに見つかって、食堂の王族専用エリアに連行されるようになったが。
それが大変迷惑なのでアイーシャたちに泣きついたが、どうにもならず。
むしろ教室にいることがなくなったのはアイーシャたちのせいということになり、リナは死んだ魚のような目をして愛想笑いをして全てを受け流すようになった。
そうしているうちになぜか側近たちにもベタベタされるようになり、益々リナは孤立した。
授業こそ受けさせてもらえるし、プリントだってもらえる。
しかしそれ以上のすべての付き合いを遮断され、誰にも助けられない三年を送ってきたのだ。
リナの怒りは深い。
もういっそ、刺し違えてでもこいつらをどうこうしてやる、とまで思っている。
なので今日になって箍が外れたようにキレ散らかしているのだ。
「マジでふざけんなっつーの!
王族だったら、高位貴族だったらなんでも思い通りになると思ってんの!?
バッカじゃない!?
愛想笑いでそうですね~しか言わない時点で気付けよ嫌がってるってさあ!
今時女に接したことない童貞でももうちょっと女の顔色読めるっての!
私がいつお前らに好意示したか言ってみろよ!ないだろ!?
しかもアイーシャ様みたいな淑女の鑑で十年に一度の才女がくっだらないイジメするかってのよ!
そもそもアイーシャ様が本気で怒ってたら私なんかもう生きてないわよ!バーカ!
家潰されて平民に逆戻りした後殺されてるわよ!
そういうのも分かんないのに国の頂点とか有り得ない!こんなんが王族とかほんと終わってる!!」
不敬罪で処刑は承知の上でリナは怒りのまま突っ走る。
七歳まで平民で、口の悪い男児たちとも仲良く遊びまわっていた頃の口調がそのまんま出ているので、貴族令嬢や令息は目を丸くしている。
意味は通じるがあまりに乱雑な物言いだからびっくりしているのだ。
しかしその内容が頭に沁みてくれば、リナのあまりの不運さに涙が出そうになる。
男爵家が王家に逆らうのは難しい。
機嫌を損なったら潰される恐れもあるのだから、ろくに意見も言えなかったろう。
それでなんとか泣きついた先の婚約者の言葉も聞きもせず、暴走に暴走を重ね続けられたとなれば、それだけでも絶望は深いだろう。
それで、――そんな追い詰められた彼女を、自分たちは遠巻きにした。
よくよく観察すればリナが嫌がっていることは分かったかもしれないのに、なんてことをしてしまったのか。
同じクラスの令嬢は顔を覆ってすすり泣き、同じ学年の令嬢も涙目である。
自分たちも加害者だという自覚で胸がズキズキ痛む。
ゼーハーと息を切らしたリナは、乱れた髪の合間からギッとハロルドを睨む。
「アンタなんかと絶対結婚しない!死んでもしない!!
どうしても結婚しなきゃいけないならアンタを殺すしその後あたしは亡命する!
こんなクソみたいな国どうなったってどうでもいい!!」
心底からの絶叫に、ハロルドはがくりと膝をつき、顔を両手で覆った。
その後。
リナは手負いの獣のような荒らぶり具合を見せたが、従妹がどうどうと抑えてなんとかその場から退却させた。
学園ではハロルド王子に邪魔されていたが、タウンハウスでは仲良くしていた関係なだけに、従妹の言葉はよく聞いたのである。
その後、各方面に調査が入り、リナの言う通りハロルド王子の思い込みによる片思いの暴走だと改めて事実が確認され、リナは完全に無罪となった。
というか、逆に無罪判定を出してリナを解放しないと、事が収まらない状態に陥ったのだ。
元々ハロルドの婚約者だったアイーシャと実家の公爵家はハロルドとの婚約破棄を経て第三王子――側室腹で正妃の子ではないが優秀――を支持すると表明し、多くの貴族がそれに倣った。
正妃の実家である侯爵家とその寄り子の半分ほどはハロルドを支持しているが、多勢に無勢である。
しかも第三王子を支持する貴族のほうが財力や影響力が大きい家が多い。
とてもではないがハロルドを王にはできない状態になった。
と、なると。
一方的な被害者となった彼女を庇う声が大きくなるのも必然である。
公爵家は明確にリナを擁護し、事態を知っていたはずの王家がことを放置したのも問題であるとハッキリ宣言した。
それに続く家が続出したものだから、不敬罪で処刑どころか拘束さえできない。
というか。
リナはアイーシャの家に匿われてしまった。
学園の残り三か月ほど、アイーシャと共に登校し、アイーシャと共に下校するようになったのだ。
勿論住んでいるのもアイーシャの家だ。
学園内でもアイーシャの家の派閥の人間が常に見守っていて手出しは出来ない。
令嬢だけならともかく令息も守りに入っているので力ずくは難しい。
なんならクラス全体でリナを守ろうの会を作っていた。
派遣されてきた近衛兵がリナを連行しようとしたこともあるが、ガルガル唸る勢いで彼ら彼女らがリナを体を張って守るので、連行できなかった。ちなみに近衛兵はアイーシャが「お引き取り下さいまし」と追い出した。王妃の指示によるものだったので、これも罪とされた。
その三か月の間にハロルドは王位継承権をはく奪され、王籍から抜かれた。爵位を与えての飼い殺しでもなく、罪を犯した元王族が閉じ込められる永久の塔へと押し込まれた。
王妃とセットで。
王妃もまたハロルドを庇いまくったので離縁された。
その空席を側室が埋め、むしろ仕事効率が上がって「ああ、あの人ダメだったんだあ……」と文官たちを呆然とさせた。
アイーシャは冒険譚が好きだったので、リナの勢いのあるブチギレっぷりを好ましいと思ったので支援したのだった。
箱入り娘のアイーシャにとって、低位貴族たちは平民には近いけれど、平民ではない存在で。実際学園で見かける彼女たちは楚々としていて「なんだ、わたくしたちと変わらないじゃない」と思っていたのだ。
しかしパーティーでブチギレたリナは、とある冒険譚の女主人公のようで格好良かった。
髪を振り乱し、憤怒の表情をしていながらも、本当に素晴らしかった。
なのでアイーシャは両親にリナの無罪や安全をおねだりしたのである。
ちょっとしたチップくらいの感覚だ。
それでリナは命も何もかもが助かったのだが、知らぬが花というものだ。
学園を卒業した後は愛する婚約者と結婚ということで浮足立っているリナを、今後もアイーシャは観察するだろうが、それもまた知らぬのならそれでいい話である。
補足:第一王子は十五歳になっても病弱でとてもじゃないけど王にはなれないので王位継承権を自ら返上して、静かに暮らしてます。なので第二王子が次期王と目されてたという事情があります。
側室は念のためにで迎えてます。別に王が色恋に惑って強引に迎え入れたわけじゃない、というかむしろ貴族たちに「もらっとけ?」って言われまくったので迎え入れてます。けど愛がないわけじゃないです。