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出会う

『満月の夜、目の前に現れた君に、僕は一瞬で心を奪われた。この衝動は人生で初めての感覚だった。』


 もうこんな時間かと、本を閉じる。引っ越しの準備をしないといけないのに、段ボールに詰める一つ一つに手が止まる。こんなことをしていてはいつまでたっても終わらないと、近藤明菜は自身に活を入れた。今、段ボールに詰めているのは、私が愛してやまない大小説家・福家雅美先生の作品であった。活字なんて大っ嫌いだったが、学校の図書館の授業でどうしても読まないといけなくて、ぱっと選んだのが福家先生の『月の下で踊ろう』であった。満月の夜にだけ現れる彼女と、自由奔放な彼女に振り回される彼の淡い恋愛模様を描いた、なんとも甘酸っぱい作品だ。こんなに心惹かれる作品は初めてだった。それから、私は人が変わったように、毎日図書館に通い続け福家先生の作品を読み漁った。司書の先生に連載雑誌も教えてもらい、取り寄せてもらった。こうして、私は福家先生の大ファンとなり、単行本は読む用・保存用・飾る用の3冊は買うようになった。

「引っ越しの準備はもう終わった?あんた、また本読んでたんじゃないでしょうね?いくらたっても終わらないわよ。」

「わかってるよ、お母さん。今やってるところだから!」

 そう言って、私はあわてて準備を進めた。私は、4月から大学生。実家を離れて一人暮らしだ。高鳴る胸の鼓動を抑えつつ、ともに暮らす仲間たちを箱に詰めていった。


「ふう、やっと終わった。疲れたよーー。」

 そうつぶやくも、返事はない。午前中から引っ越し作業に追われ、気づけば日がずいぶんと沈んでいた。段ボールはまだ半分も片付いてないが、生活できる最低限の用意はできたので、この続きは明日やろうと決めた。部屋は6畳の洋室に小さなキッチン、狭いバスルームとトイレがついたこじんまりした家だ。華の女子大生が住むような外観ではない、古いアパートであった。それでも私はものすごく満足している。私には、どうしてもここに住みたい理由があった。というか、この街に住みたい理由があった。それは、福家先生の作品の舞台がこの街であるとファンの間で有名だったからだ。実際、この街に聖地巡礼しに来ているファンは多く、SNSで聖地巡礼マップが作られている。私はこの話を知って、絶対にこの街に住むと決めた。家賃と最寄り駅からの距離など、考慮してたどり着いたのが、このアパートであった。この街に住むことが何よりも大切だった私には、文句ひとつない最高の物件だ。

 もうすっかり日が落ちて、空には月が現れていた。福家先生の作品には、月が出てくることが多い。

「先生も今、月見てるのかな?そしたら、同じ月を見ていることになるなぁ、ふふふ、なんかロマンチック♡」

 そんな風に浮かれながら、家のなかでずっと月を眺めていた。


 4月上旬、大学生活がスタートした。最初はオリエンテーションばかりでつまらなかったけど、そのなかで友達もできた。一番最初の友達は、本間美玖ちゃん。たまたま隣に座ってその時話しかけてくれた。

「近藤明菜ちゃんね、じゃあ、あっきーって呼んでいい?ちょーかわいい!私のことも好きに呼んでいいよ!」

 勢いに押されて私は美玖と呼ぶことにした。

「おい、美玖!声大きいぞ、もっと静かにしゃべれよ。」

「はぁ?!うるさいのは、大ちゃんでしょ!後ろからちょっかいかけてくるな!」

「おい!そこらへんうるさいぞ!聞く気がないなら、講堂から出ていきなさい。」

 私もまとめて怒られた。今、後ろから声をかけてきたのは、小西大輔君。美玖とは幼馴染だそうで、とても仲がいい。これを2人に言うと、否定されるが。

 今日も長いオリエンテーションが終わり、3人でカフェテリアに行った。

「あっきーはさ、なんでこの大学にしたの?」

「私、どうしても住みたい街があって、その街から通えるキャンパスがあるのが、この大学だったの。」

「えってことは、その街基準ってこと??!」

「近藤、意外と面白い奴だな。」

 2人は予想外の理由に驚きを隠せていなかった。

「その街は、あっきーのゆかりの地みたいな場所なの?」

「うーんとね、私、福家雅美先生の作品が大好きで、全ての作品がその街を舞台にしているの。ファンの間では聖地でね、絶対に住む!って決めてたんだ。」

「あ!私、福家雅美先生知ってるよ!最新作、『月影のラプソディ』読んだ!」

「ほんと??!私なんて、もう30回は読んだ!何回読んでも、あそこで泣いてしまうのよねぇ。」

「30回?!まだ、発売して1ヵ月くらいじゃなかったっけ??」

「近藤はほんとに好きなんだな。福家先生と言えば恋愛小説の女神とまで呼ばれているし、小説大賞にも何回もノミネートされてる。大人気だよな。」

「福家先生は神様だよ。良かったら、2人にも貸すよ!布教する!」

 2人は意外にも乗り気で、読んでみたい!や、気になってきたなどと反応してくれた。

「じゃあ、2人は何でこの大学に?」

「私は、学力のレベルに合っていて、実家から通えるから!」

「俺は、その…」

「大ちゃんは、私を追っかけてきたんだよねー!美玖になんか負けるか!って、張り合ってきたんだもん。」

「はっっ!ちげーし!!この大学はフットサルサークルがあって、結構強いんだ。俺、サッカーずっとやってきたから、続けたくてここにしたんです!お前をおっかけてじゃねーよ!!ばか美玖!」

「はあああ!!?ばかは余計です!!なら、あほ大ちゃん!!」

 まあまあ、と二人をなだめる。きっと、これからもこんな調子が続くのだろう。大変かもと思う反面、なんだかこそばゆく、うれしいと思ってしまうのであった。


 そんなこんなで、楽しい時間はあっという間に過ぎてそれぞれ帰宅した。私は途中で買い物を済ませ、家についたころには、もうすっかり夜であった。

「今日は肉じゃが!おいしくなーれ、おいしくなーれ!」

 願いをかけながら心をこめて作った肉じゃがはすごくおいしかった。一晩おいた肉じゃがは、味が染みてさらにおいしいので、とても楽しみだ。食事を終えて、家事を一通りこなし、一息ついていると、月がとても大きいことに気が付いた。

「すごい、まんまるできれい。今日もしかして、満月?」

 ネットで確認すると、今日は満月であった。吸い込まれるような美しさをもっと近くで見たい気がして、ベランダにでることにした。窓を開け、スリッパを履こうとすると、隣から大きな物音がした。

「えっっあ、お隣さん、大丈夫ですか??!」

 私が出てきたことにびっくりしたのか、急に部屋に戻ろうとして、段差に足をぶつけ、悶絶していた。

「いっっっっっ、だ、大丈夫です、はい。気にしないでください。」

「いや、きにしないわけには、、」

「いや、ほんと、自業自得なんで。」

「でも、私がいきなりでてしまったからですよね?それに、すごく心配です。傷の手当しましょうか?」

「いやっ!もうだいぶ痛みひきました!お気遣いありがとうございます。」

「そうですか、急に驚かしてごめんなさい。お隣さんなのに、挨拶もできていなかったですもんね。4月にとなりに越してきた、近藤と言います。よろしくお願いします。」

「丁寧にありがとうございます。お隣の朔間と言います。よろしくお願いします。」

「実は、何度かご挨拶に伺ったんですけど、迷惑になってましたか?」

「いや、ここ最近は留守にしていたので、、もしかして、結構訪ねてきてくれてました?それだったら、申し訳ないです。」

「いえ!いなかったのなら、仕方のないことです。でも、ちゃんとご挨拶できてよかったです。こんなところですけど。」

「そうですね、よろしくお願いします。」

 朔間と名乗る男は、私よりもずっと年上で、すごく落ち着いた雰囲気の人だった。THE・大人という感じ。

「朔間さんも月を見ていたんですか?」

 私は、ついそんな質問をしてしまった。朔間さんは少し驚いたような顔をして、

「そうなんです。月見るのが好きで、今日は満月なので楽しみにしていたんです。この吸い込まれるような美しさはいつ見ても感動する。」

 目を細め、憂うような表情でそう言った、彼の横顔から私は目が離せなくなっていた。

「あれ、?僕、急に変なこと言いましたよね、うわぁ、恥ずかしい。」

 彼は、私は何も返答しないことに慌てた様子だった。

「いえ!違うんです!私もまったく同じことを想って、ベランダにでたから。同じこと考えているなんてすごいって思っちゃって。」

「近藤さんも月が好きなんですか?」

「はい、大好きです。」

「僕もです。」

 そう言って微笑む彼は、月明かりに照らされて輝いているように見えた。


 ぎゅるると不意にお腹のなる音がした。

「朔間さん、夕ご飯食べてないんですか?」

「あは、まだでした。買いにいこうかな。」

「それなら、肉じゃが作ったので、食べてください!」

「いや、それはもうしわけ…」

 言い切る前に、明菜は部屋に戻ってしまった。

「はい!肉じゃがです!召し上がってください!」

 勢いでもらってしまった。

「いいんですか?せっかく作ったのに。」

「いいんです。食べてもらうほうが嬉しいですし。それに、いまから買いに行っても、ほとんどないと思いますよ。手間ですし。」

 朔間は、少し考えた後、

「なんか、すいません。おいしくいただきます。」

 と素直に受け取った。

「では、夜遅いのでお休みなさい、近藤さん。」

「はい、お休みなさい、朔間さん。」

 2人はそれぞれの部屋に消えていった。

 その夜、明菜は全く眠れなかった。微笑む朔間さんが頭から離れない。肉じゃがも押し付けてしまったし、本当は苦手とかだったらどうしようと考えるばかりである。胸の鼓動がやけに大きく感じ、悶々とする夜を過ごした。


 彼女から受け取った肉じゃがを少し温め、ジャガイモと牛肉を一緒に頬張った。

「うまっ。お店で出せるぞ、これ。改めて、お礼言わないとな。」

 そんなことをつぶやきながら、あっという間に完食した。

「ご馳走様でした。さて、構想練るか。」

 満月の日は、特にインスピレーションが湧く。今日は、お隣さんとの出会いもあったし、もうすでに、何個か次回作の種がある。彼女を中心に話を創るのもいいかもしれない。満月の日はやはりいいことがある。

「今日は寝れそうにないな。」

 そうわくわくしながら、PCのデスクトップに張り付けた、『Masami』のファイルをクリックした。


 つづく

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