2章 2話 エロおやじの交わし方 ②
「先生、続きを始めましょうか」
結城は西村に促し、パソコンに向き直る。
軽快に話し始めた西村の語りを、結城は迷うことなく打ち込んでいく。
A4用紙に半分ほど打ち込んだところで、西村が一呼吸置き、ニコチンフィルターのついた煙草を吸う。
「先生、ちょっとよろしいですか?」
「ん……何だね」
結城は先ほど打ち出した原稿とパソコンを、西村のデスクに広げる。
「ここと、ここなんですが……此方の遺体発見場所では菜切り包丁、此方の銀田末幸之助の呟きが出刃包丁になってますが、どちらで統一しますか?」
「そうだな………迫力があるのは出刃包丁だが」
「意外性があるのは、菜切り包丁ですね」
紗世はその様子を見ながら、大御所相手でも斬り込んで意見するんだなと思う。
――マニュアルにも、「誤字脱字、疑問点、違和感は怯むことなく斬り込む」と記してあった
「先生、酒樽から出てきた凶器ですが……遺体の傷から、あの凶器は矛盾しませんか? 傷の大きさが違いますから、フェイクですよね!?」
西村が「良いところをついてくるな」目を輝かせる。
「紗世ちゃん、結城くんは推理力の方もなかなものでね。実に良い刺激になる」
「どうも」
「結城くんとはゆっくり夜明しをしながら語り合いたいくらいだ。どんなトリックが飛び出すか……楽しみなんだがね」
「先生、無理です。俺は体が弱いんで、徹夜はできません。早寝早起きの規則正しい生活してます」
結城はキッパリと、突き放すように言い放つ。
「紗世ちゃん、つれないだろう」
「仲良しなんですね。結城さんは、いつから先生の担当をしてるんですか?」
「1人で通い出して1年半だ」
「結城くんは初対面から鋭かったよ。『鬼首部村の笛が泣く』を書いている時だった」
「『このミステリーがヤバい大賞』の『鬼首部村の笛が泣く』ですか?」
「そうそう、よく覚えているね。クライマックスの銀田末幸之助の推理がおかしいと言ってね」
「そうでしたね……」
「『この笛の位置だと、六甲卸しで笛は泣きません。風向きが違います』とね……盲点だった」
「凄~い!!」
「あの指摘がなければ、『鬼首部村の笛が泣く』はベストセラーにはならなかった」
「大袈裟な……」
「いや、本当だ。『六甲卸しの風向き、この着眼点がなければ推理は破綻していた』と評された作品だからね」
「へぇ~。結城さんって、1ヶ月どのくらい読書してるんですか?」
「出版本、連載中作品も合わせて……150作品くらいは」
「えーーっ、そんなに!?」
「1日、たった5作品だ」
「けっこうな読書家だな。だが、結城くんはもう少し筋肉をつけたほうがいいな」
「先生、俺は無駄な脂肪は一切ついてませんから。体脂肪率6%です」
紗世と西村が結城を見つめて押し黙る。
「はっはっはっ、それは結城くんがガリガリの痩せすぎだから……」
西村が言いかけた途端、結城はガタンッと、椅子を鳴らし立ち上がった。
「痩せすぎは認めますが、俺はちゃんと腹筋割れてます」
スッとスラックスからシャツと下着を捲り、結城は腹を見せる。
無駄な出っ張りの全くない見事に割れた腹筋だ。
いや、MAXILEも顔負けの美しく整った腹筋は、結城の肌の白さで尚一層、際立って見える。
「ふん」
結城はどうだと言わんばかりのドヤ顔で、素早くシャツと下着を仕舞う。
「意外だったよ、結城くん」
西村が結城を舐めるように見つめている。
服の下に隠れた結城の全身を下から上に、視線が這うように動く。
「結城くんは何かスポーツをやっていたのかね」
「俺が……ですか? まさか、俺はスポーツなんてできませんし、体育の時間はいつも見学してました」
紗世も西村も目が点状態だ。
紗世にいたっては、最早遠い目を向けている。
「医者と運動専門家指導の下で、科学的検知や体力面も考慮して、ジムプログラムメニューを決めて、筋トレをしています」
――何も頭に入ってこない
日本語を話しているのかどうかさえ、わからなくなりそう
紗世は兎に角、結城の体脂肪率が6%という、とんでもない数字だということを理解した。
「結城くん、実に面白いよ。君を主人公に小説が書けそうだ」
西村は脂肪まみれの三段腹をワサワサ揺らし、大口を開けて笑った。
原稿の口述筆記は、何度か脱線を繰り返しながらも、何とか連載分まで仕上げて。
西村の確認を得て一息つき、紗世が西村に名刺を渡そうとするのを、結城はさりげなく制する。
「先生。麻生に用がある時は、俺を通し連絡してください」
西村は憮然とし、結城を睨む。
「新人ですから、仕事はしっかり教えたいんです。いい加減な仕事を覚えさせたくありませんから」
結城は真剣な顔で、西村を睨み返し訴える。
「結城くん、はっきり言ってはどうかね。ワシが前のお嬢さんの噂、知らないとでも?」
結城の肩がビクッと跳ね、顔が強張り体が微かに震えている。
――結城……さん!?
紗世は不安で声も出せない。
「そうですね。俺は部下に二度と、あんな思いはさせたくないんです。俺の預かり知らぬ所で部下が傷つくのは、もう嫌なんです」
結城の震える声。
結城の震える手が紗世の手を握っている、しっかりと。
凍えたように冷たい手が、怯えを紛らわすように、ギュッと。
――何があったんだろう
紗世は結城の手をギュッと、握り返しながら結城の表情が気になって仕方ない。
西村がフッと溜め息を漏らす。
「結城くん、君のそんな顔も中々いいね。紗世ちゃん!」
「……はい」
西村の紗世に向ける顔は穏やかで優しい。
「紗世ちゃん、またおいで。待ってるよ」
西村は言いながら、結城の肩にそっと手を置いた。