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1章 1話 満員のエレベーターには乗れない

甘いケーキを鱈腹食べた翌朝。


紗世は朝食を食べる気にはならず、おまけに気の進まない人事異動で編集部出勤という災難。


「あ~あ~」と、大きな溜め息を溢し家を出た。


満員の通勤電車に揺られ、会社ビルに着き、さらに満員間違いなしのエレベーターの前に立つ。


円山夏樹出版社。


汗くさいオヤジや化粧の匂いのキツイお局、さらにどぎつい香水漬けの社長秘書が、列を成している。


そこへ、自棄に爽やかな青年が現れるなり、黄色い奇声が沸き上がった。



――えっ、何!?


紗世が奇声のした方を振り返ると、アイドル顔負けのイケメンが涼しい顔で微笑んでいる。


――アイドル?


紗世は青年が間近に並ぶと、目を皿のようにして見つめる。


淡い茶色のふわふわした髪、パッチリした二重の目、爪楊枝が軽く数本乗りそうな長い睫毛、高すぎず低すぎない整った形の鼻、薄く品の良い薄紅を引いたような唇。


――うわぁーっ、超綺麗……女の子みたい


紗世は、うちの会社にこんなイケメンがいたことに、首を傾げる。



「そんなに見つめられるとさ、穴があきそうなんだけど」


気だるそうな細い声が、紗世の上に降る。



「はあ?」


紗世は声のした方を見上げ、間の抜けた声を出す。


澄まし顔のイケメンは仄かに、爽やかな香りをさせて、壁にもたれかかるように立っている。


エレベーターに乗る順番が徐々に近づいてくる。


――これって何の香りかな。すごく心地いい


紗世は目を閉じ小さく深呼吸する。


数回、スーハーと呼吸して目を開けると、列を作って並んでいた大勢の人達が消えている。


――ゲッ!!


エレベーターの表示ライトは、階を上へ上へとスライドしていく。



「そんな~」


紗世が情けない声を出し、辺りを見回す。


壁にもたれかかっていたイケメンが紗世を一瞥し、何食わぬ顔でエレベーターの前に立っている。



「あなた、エレベーターに乗らなかったの?」



「何か文句ある?」



「別にないけど、このエレベーターって30人くらいは大丈夫でしょ!?」



「だから何?」



「えっ!?……」



「満員エレベーターって嫌いなんだ」



「はあ?」



――何言ってんの? この人、ワケわかんない



「あんたは平気、満員のエレベーター?」



「好きではないけど……」



「乗れるんだ……俺は無理、あんな状態で絶対無理」



「閉所恐怖症なの?」



「違うけど……俺、満員のエレベーターとか電車とか乗れない体質なんだ」


紗世は怪訝そうな顔で、イケメンを見上げる。


――頭おかしい人だ。満員のエレベーターに乗れない体質って何?

涼しい顔で何言ってるの?


紗世が戸惑っていると、エレベーターのベルが軽快に鳴って、扉が開く。


イケメンは素早くエレベーターに乗り込む。


紗世はエレベーターに乗り込み、玄関ロビーを走ってくる数名を待つ。



「早く扉閉めて番号ボタン押せよ、集団が雪崩込んでくるだろ」


スッと、細く長い腕が紗世の目の前に伸びる。


紗世が「あっ」と思った刹那、細くて長い形の良い指が「閉」ボタンと番号ボタンを押した。


走ってくる人たちを置き去りにして、エレベーターの扉は無情に閉まり、上り始める。



「うわあーーっ、信じられない」



「うるさい」



「超冷血人間」



「だ・か・ら――満員エレベーターには乗れない体質なんだ俺は」



「わたし、あなたのこと絶対、忘れない」


「あんた、俺のこと知らなかっただろ?」



「部署が違えば、知らなくてもおかしくないでしょ」



「何処の部署だよ、離れにでも部署があるのか?」



「失礼な人ね」


エレベーターのベルが鳴り、扉が開く。



「じゃあな」


エレベーターを降りたイケメンが、同じくエレベーターを降りた紗世の前を歩く。


――えっ!? 何処行くの、この人……


歩が進むごと紗世の不安は募る。


イケメンが足音に気づいて、振り返る。



「何で着いてくる?」



「わたし、今日から編集部だもん」



「ふーん」


紗世は口角を微かに上げたイケメンの、意味深な顔を見逃さなかった。


――何、今の? 凄く冷たい顔をした……



紗世の背筋に、冷たいものが走る。


「編集部」と書かれた部屋の前、イケメンがピタリ歩を止める。


バーンッと、音が鳴るほど勢いよくドアを開ける。



「おはようございます」


爽やかなアイドルスマイルで……。



由樹(よしき)、熱は下がったか?」



「はい、大丈夫でーす」


紗世はドアの外で固まっている。


紗世が入ろうとしたドアは勢いよく開いた後、勢いよく閉まったのだ。

紗世の顔面すれすれで。



「あっ、編集長。今日から編集部に異動っていう女の子が……ん!?――入って来ないな」


中の会話を知る由もない紗世。


気を取り直して、勢いよくドアを開けた。


ガタンッと何かがぶつかる音と「痛っ」と呻く声が重なる。


紗世の目の前に、鼻血を滲ませたイケメン。



「キャーッ、ごめんなさい。だ、大丈夫ですか!?」


紗世はイケメンが手についた鼻血を確認して、崩れるように卒倒する様を、唖然と見つめていた。

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