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覚悟に至る②

 マガリが昨日、教室の扉を開けた際。何故その道が冥螺(めいら)へと続いていたのか。

 それは七崩県(ななくずれあがた)の答え合わせが語る通り、マガリが教室を『箱』と認識していたからだろう。

 これがマガリ個人の考えであった故に、あの時の阿弥陀(あみだ)は現界に現れた麽禍(まか)と戦いながら、冥蜾に至る為の箱を見つけなければならなかった筈である。マガリが冥蜾に足を踏み入れてから少々の時間をかけて阿弥陀が現れたのは、そういう事なのだろう。

 一連の納得に頷きながら、マガリは再び眼前へと真面目な眼差しを向ける。話題の先、七崩県が構えるもう一枚、曰く『装札(そうふ)』と呼ばれる物と睨み合った。

「こっちの装札は、冥蜾で活動する為に必要になる道具な。冥蜾の瘴気とか麽禍の攻撃から身体を守る装備と武器だ」

 再びマガリは記憶を探る。昨日、阿弥陀と波ヶ咲直(はがさきなお)が冥蜾で着用していた非現実に似た衣装の事であろう。

 七崩県は、装札を構えた左手を精一杯に伸ばす。マガリの眼前へ、一枚の紙が迫った。

「これはマガリちゃんに渡しとく。冥札(めいふ)はまだ体調とか危ねえから渡せないけど、昨日みたいに現界に麽禍が出る事もあっから保険って事で」

「え……あっ、どうも……」

 唐突に託された、使い方の検討も付かない装札。マガリはその薄っぺらい一枚に、波ヶ咲直や黒柴阿弥陀(くろしばあみだ)と同じ物を持つという安心感を重ねていた。

「あ、それって……」

 ずっと、黙って傍観していた黒柴阿弥陀が口を開く。マガリの受け取った装札に、何かしらの違和感を覚えたようだ。

「そ。阿弥陀のスペア装札。お揃いコーデだ」

 七崩県がいたずらに笑う。阿弥陀もそれに釣られたように、少し嬉しそうな表情を溢し始めていた。マガリは、阿弥陀の新たな一面に触れたような感覚に、照れ臭くも口角を少しだけ持ち上げる。

 

「さて、次は麽禍の説明だったか」

 閑話休題、手に残った冥札を内ポケットに仕舞い込んだ七崩県は、続けて言葉を連ねる。

「麽禍について……つっても、冥蜾同様あんま詳しいことは分かってねえんだけどな。人間狙って食うことと、三大欲求が全部食欲に向いてるくらいしか分かってない」

 相変わらず、未知との戦いであると語る。マガリが今現在得ている知識を纏めるとしても、原稿用紙一枚でも過剰な空白が生まれてしまう。人を食う、睡眠をしない、生殖活動をしない。得られた情報は、これだけだ。

「あー……でもまぁ、人を食うってのはちょい違うのかもしれないけどな」

「え……?」

 七崩県が、唐突に自己の発言に反発する。解釈の違いだろうか。少なくとも、波ヶ咲直の現状を最悪の展開で想像するなら、マガリはその解釈に希望となる差異が存在してほしいと願うばかりだった。

 七崩県は、続けて語る。

「人間の身体には『命力(めいりょく)』っていう目に見えないもんがあるんだ。実際麽禍が食ってんのは、人の身体に染み込んだ命力ってわけ」

 結果的に、あまり現状を変える物などは無い。マガリ自身から七崩県に解説を頼み込んだというのは事実だが、これらを聞いて、雲を掴むよりも難しい希望に至る道に肩を落とすばかりだった。

「あとはまぁ……麽禍の強さでランク分けされてる、みたいなのだけだな。(はらえ)にも階級があって、それぞれに対応した麽禍を討伐してるって感じ」

 昨日、冥蜾から逃げ出した阿弥陀の罪悪感に塗れた言葉。何もできない、と語ったその真意は、恐らく想定していない強さの麽禍が現れた故だったのだろう。波ヶ咲直も、その危機を瞬時に理解し、二人を逃したのだ。

「えっと、直姉(なおねえ)の階級って、いくつだったんですか?」

 マガリの、純粋な興味から出た質問。すかさずに、阿弥陀が答えた。

「階級は(いち)から(きゅう)まであるんだけど、直さんは(ろく)だったみたい。私はまだ()で、足引っ張っちゃって……」

「ちなみに私は玖だぜ」

 阿弥陀の言葉を割り、最大階級を自慢してみせる七崩県。阿弥陀が昨日の件をフラッシュバックし、またしても責任の衝動に駆られないかと心配した結果の行動だろう。ふんぞり返り、背もたれに両肘をかけて、二人に顎を見せつけていた。

「……あー、丁度いいしついでに麽禍のランクについても話しとくわ」

「丁度いい……?」

 意図の見えない、謎めいた言葉。だが、マガリはその情報にもしっかりと耳を傾ける。

「弱い方から順に寧獄(ねいごく)骸儺(がらな)童廼(どうの)慚蚋(ざんぜつ)羅刹那(らせつな)って言うんだけど」

「早口言葉みたいですね」

 依然こちらに顎を向け、天井を見つめたまま羅列を呟く七崩県。そろそろ首を痛めてしまいそうなその角度に、マガリと阿弥陀は違和感を覚える。

「な、覚えれねえよなこんなの。ちなみに昨日のイレギュラーが慚蚋で、マガリちゃんらが見た大量のが寧獄な。ほらあんな感じの」

 七崩県は、天井を指差す。釣られて二人、視線を吊り革の群れへと向けた。

「あー、確かに昨日見た麽禍もこんな感じでし……た……」

 

 吊り革の向こう側。漆黒の人面に八本の脚が生えた異形、まるで蜘蛛のような姿が、呆けたマガリの返答をまじまじと見つめていた。

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