覚悟に至る①
盛大な音を立ててホームに留まった車両が、軽快な音楽に乗せて扉を開く。各駅停車の短い停車時間に急かされながら、マガリは荷物を車内へと運び込んだ。
もはや、過疎などと語りきれないまでに静寂と化した光景では、止まる事のない冷房の音だけが三人を包み込んでいる。少し離れた車両の先、一人の男子大学生が座っている以外に、人の影は見当たらなかった。
黒柴阿弥陀を中心に、三人並んで座る。どこか古めかしく、まるで祖父母の家を彷彿とさせるような匂いが椅子に染み込んでいた。高校生にもなって電車を使う機会もあまりないマガリにとっては、久しい感覚だった。
扉が閉まり、鉄道がゆっくりと走り出す。慣性に抗いきれずに、皆の身体が少しだけ傾いた。
しばらく黙り込んだまま動く事なく、各駅停車に身を任せて時を浪費していく。しかし、以降にどれだけ停車駅へと辿り着こうと、新たな乗客は現れなかった。
同じ車両の大学生が、開いていた参考書を閉じる。少しばかり休憩と洒落込むように、向かいの窓から外の景色を眺めていた。
ふと、大学生のその姿を確認したマガリは口を開く機会を伺う。黒柴阿弥陀を挟んだ向こう側、七崩県はスマートフォン片手にメッセージアプリで誰かとの会話に勤しんでいた様だが、七崩県がボタンを押した事で画面が黒くなった。絶好の機会が訪れる。
「あのっ、七崩さん」
「ん、どしたマガリちゃん」
二つ返事、なんの疑念もない快い返事が、静かに届く。マガリの横に並んだ阿弥陀も釣られるように、首を横に向けた。
「冥螺と麽禍について、もう少し教えてくれませんか」
マガリの真剣な顔に、七崩県はほんの少し驚いたような表情を。そしてすぐに、微笑を連ねる。彼女はそのままゆっくりと立ち上がり、マガリと阿弥陀に対面するよう、向かい合う座席へと移動した。
前のめりに、両掌を組んで肘を膝で支える。マガリに視線を合わせるようにして、七崩県は語りかける。
「その前にさ、聞いときたい。マガリちゃんはどうしたい?」
七崩県は問う。マガリが今後どうすべきと思っているのか、既に固まっているであろう覚悟の真偽に至る選択を迫った。
「私は……姉を、探したいです。それがもし亡骸だったとしても……」
覚悟の上で、マガリは口を開いた。
昨日、七崩県が冥蜾に訪れた際に波ヶ咲直の痕跡は無かったという。それだけでも、もう一度アメノウズメに再開することがどれだけ難しいかはマガリ自身も理解している。
だが、どうしても。マガリはその、カケラにも至らないであろう可能性に賭けたくて仕方がない。
それ即ち、マガリが祓となる。という事と相違はないのだ。
「……こっちの世界に巻き込んだのは私らだから、マガリちゃんの意見に口は挟まないよ。覚悟があるんなら、いつでも迎える」
マガリの意思を尊重した上で、七崩県は承諾を微笑と溢す。明確な目的の上で、マガリが祓の世界に足を踏み入れることを歓迎していた。
「さて、話が逸れたな。冥蜾と麽禍について……だったっけ」
揺れる車両の中、七崩県による授業が始まる。マガリが決めた道に至るための、必要な一連である。
「『冥蜾』は前も言った通り、もう一つの世界。そうとしか言いようがないな。いつ、どんな理由で出来たのか分かんないんだ」
人間の住まうこの世界とは全くの別物として存在する、もう一つの世界、冥蜾。現在マガリの身に起きる、突拍子のない異変を生み出した原因である。
「マガリちゃんの身体が今そうなってるように、生身の人間は冥蜾に居るだけで異常が起きる。簡単に言ったら、ホコリまみれのとこ行って咳が出るみたいなもんかな」
人間が適応できない世界。簡単に例えられてはいるが、実際はその何倍もの苦痛を味わうことになる、と。その様を、マガリの身体が体現している。
冥蜾の解説から続けるように、七崩県は二枚の紙切れを上着の内ポケットから取り出す。それぞれ一枚ずつ、両手に構えてマガリの方に見せびらかした。
「そんな環境で祓が活動するために必要なのが、こいつら。それぞれ『冥札』と『装札』って呼ばれてる」
紙素材というのに、しなることなくピンと伸びて不動を見せる二枚の札。七崩県は、まず冥札を持ち上げた。
「冥札は、現界と冥蜾を繋ぐための道具だ。あるものに使うと冥蜾に行けるんだけど、さてなんでしょうね」
唐突なクイズが始まる。マガリは七崩県の語ったことよりも、自身が見た記憶を辿ることにした。それに相応しいと思わしきものを、見ている故である。
「百葉箱……ですか?」
「うん、正解。正しくは『箱』全般なんだけど、百葉箱が冥蜾と一番繋がりやすいんだよね」
昨日、波ヶ咲直の言葉に従いマガリと阿弥陀が逃げた際に見た景色である。何故あのとき百葉箱が開いていたのか、その理由が明らかとなった。
『カクヨム』にて先行更新中。
なろうでは追って更新します。




