旅路
淡々とした別れの言葉を垂れ流して、波ヶ咲マガリは玄関の鍵を閉める。彼女は思い出の深い我が家に想いを馳せるが、ここに留まったとて元の生活が戻るわけでもない。
いや。見失った波ヶ咲直の姿を待ち続ける事は、波ヶ咲マガリにとって苦痛にしかならないのだ。それはきっと、不意に彼女の脳内をキシキシと響く冥螺の瘴気などよりも、何倍も重く苦しいものと言っても差し支えないだろう。
路肩で呆ける赤色のミニバンを捉え、三人は足を進めた。七崩県がキーのボタンを押したことで、よく聞いた音と共にウィンカーが光る。
「んじゃ、コイツ返してそっからは電車な」
七崩県は、バックドアを持ち上げながら、このミニバンがレンタカーであると語った。マガリは気にする事もなかったが、しっかりとナンバープレートには「わ」の一文字が記されている。マガリの持参した新品同然のスーツケースは、後部座席を圧迫するようにして詰め込まれる。
それぞれが、先ほどと同じ位置に座ろうと扉を開ける。駅までは、自家用車で二十分程度。なんとも田舎らしい道のりへと、エンジンがかけられた。
七崩県がハンドルを握ると、タイヤがアスファルトを蹴って砂埃を周囲に振り撒く。少し暗めの窓ガラスの先に、遠ざかる光景。マガリは、唇を一文字に結んでいた。
「そういや、さっきマガリちゃんの部屋でなんか話してたよな。邪魔しちゃった?」
七崩県が、不意に問う。互いの関係を変化させたという点では重要だったのかもしれないが、第三者からすれば、日常の一部と言って差し支えないだろう。
「いや……そんなことないですよ、大丈夫です」
「うん、ちょっとした世間話だよ」
マガリと阿弥陀の言葉に、七崩県は微笑した。ブレーキを踏み、赤信号の眼前でゆっくりと後ろを向いて、そうかい。とだけ返す。何かを見透かしたようなその顔に、つられてマガリも苦笑を溢した。
「あ、そうだ。まだマガリちゃんの連絡先貰ってなかった」
阿弥陀は、腰のポケットからスマートフォンを取り出してマガリへ向ける。呼応するようにして、マガリもスマートフォンを取り出して電源ボタンに触れた。
先日から一度も充電していない故に、マガリのスマートフォンの画面右上では、バッテリーが赤く光っていた。
随分と廃れたレンタカー店を後にした三人の影は、ゆっくりと駅へ歩みを進めた。しかし、当然と言えば当然なのだろう。観光地でもない辺鄙な田舎に佇むレンタカーなど、儲かるはずもない。証拠と裏付ける様に、マガリは十七年間この町で過ごしていたにも関わらず、この店の存在を知らなかった。あまりに廃れた姿から、ゴミ捨て場か廃工場と思い込んでいたのだ。
「ぃよっし、んじゃ東京戻るか」
結局、三人は徒歩を含めて三十分程度で最寄駅へ到着した。
七崩県は古惚けた機会へ一万円札を突っ込み、白化したプラスチックのボタンの亀裂を押し込んで、三枚の切符を購入する。じゃらじゃらと、釣り銭の溢れる音が、ほぼ無人の駅に響いていた。
「ほい、これマガリちゃんの」
七崩県の差し出した切符には、ここから「この辺りの基準で見ると少し都会に寄っている」駅までと記されていた。田舎では貴重な、乗り換えが出来る場所である。
「あ、どうも……」
言われるがまま、マガリは切符を受け取る。行き先までの値段を思考しながら、マガリは財布がリュックサックの奥深くに眠っていることを思い出して眉を顰めた。
ふと、マガリの思考を遮るように阿弥陀の声がひとつ。またしても無人の駅に響いた。
「お金は大丈夫だよ」
「え、でも……」
阿弥陀は戸惑いの声を漏らしたマガリの手を引いて、改札口へ向かう。既にバリケードの先に立っていた七崩県の元へ、二人は駆けた。
改札口に切符が吸い込まれ、瞬時に現れる。穴の空いた紙切れを取り出して、三人の姿が合流した。
「祓は国の機関だからな、金のことは気にしないでオッケーだ」
七崩県が笑顔で語る。税金なのか、と、マガリはまたしても内心に苦笑を秘めることしか出来なかった。そんなことを考えているうちに、一連を吹き飛ばすように、電車が近づく音が聞こえた。




