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『風切』の試練①

 タイミングよく現れた、逆須磨明治と名乗る長身の女はマガリを見下ろしたまま笑う。

 七崩県が語った、玖座全員から手ほどきを貰えという言葉。確かにマガリが階級伍を目指すならば願ったり叶ったりといったイベントだが、あまりにも唐突に、それは始まろうとしているらしい。

「よし、行くぞ波ヶ咲マガリ」

「えっ、ちょ」

 逆須磨明治はマガリの両脇に手を添え、軽く持ち上げて右肩に担いだ。右腕一本に支えられ、マガリの身体は野垂れる姿勢を描く。一切の抵抗も出来ないまま、マガリの手脚は宙に放り投げられた。

 踵を返し、ずかずかと歩き出す逆須磨明治は扉を目指す。七崩県と阿弥陀に適当な別れを告げ、ドアノブに触れた。

「あの……明治さん‼︎」

 第三調整室に、一つの声が響いた。それは紛れもなく阿弥陀のものであると、マガリは頭に少しずつ血を登らせながら悟る。逆さまの視界に、阿弥陀の姿を見た。

「ん、どしたぁ?」

 逆須磨明治が、振り返る。その動作によってマガリの視界は壁と向き合い、無機質な一面だけが眼前を支配した。マガリは仕方なしと、聞こえる音に神経を集中させる。

「私も、一緒に連れて行って貰えませんか?」

「阿弥陀……」

 七崩県は、阿弥陀の覚悟に似た何かを感じ取ったらしい。彼女の描く信念を前に、一言と共に浅い息を吐いて黙り込む。

「今回の遠征で痛感しました。私はまだ弱くて何も出来ない、それに私のせいで……だから——」

 心の内を吐き出して、言葉に詰まる。一昨日の一件はやはり阿弥陀の中にべっとりと張り付き、離せない呪いと化している様だ。マガリの言葉ひとつで悩みが完全に抹消出来るはずもないのは、当然と言っても差し支えはない。そんな彼女が選んだ選択、という訳だろう。

「……明治、頼んでもいいか?」

 七崩県が問う。

「県が良いってんなら、アタシは全然大丈夫だ。なんなら、むしろありがてえ」

 

 

 

 逆須磨明治の運転する黒のワンボックス車の後部座席に押し込まれたマガリと阿弥陀は、ごちゃごちゃとした車内で身を縮めていた。祓東京本部の地下駐車場から飛び出したはいいものの、行き先は未だ示されていない。

 折り畳まれた謎の布や、釣り竿、カラーボックス等、シートの下から天井、壁にまでビッシリと覆い尽くすそれらは何か、今からサバイバルに向かうのかと言わんばかりの面子だった。いやまさかそんな筈は、と言い切れない事に、マガリは内心不安を募らせていた。

「あのー、逆須磨さん」

「明治でいいぞ、マガリ」

 いつの間にか、一番馴れ馴れしい呼び名が逆須磨明治のデフォルトになっていた。彼女の性格では、きっとそれが一番楽なのだろう。特にこだわりのないマガリは、その言葉に従った。

「明治さん、これは一体何処に向かってるんです……?」

「もうすぐだ、着いたら分かる」

 逆須磨明治の語った通り、フロントガラスの向こう側に映っていたパーキングを目指して左折する。こうしてマガリと阿弥陀は、最初の特訓場所へと辿り着いた。

「よし、降りるぞ」

 意図も容易く停車した先には、本当に東京かと疑う光景が広がっていた。一面に緑が生い茂る、それはクソ田舎出身のマガリにとって見慣れたような景色である。しかしまさか、嫌な予感でも当たったか。野宿でもさせられるのではないかと、マガリと阿弥陀は固唾を飲んだ。

 逆須磨明治は後部座席に半身を突っ込み、何かを探している。ごちゃごちゃとした車内の有象無象の居場所は、持ち主ですら把握できていないようだ。数分後、何やら機材らしきものを片手に構えた逆須磨明治の元から電子音が漏れた。

「よぉ視聴者のみんな、待たせたな。『めいちゃんねる』へようこそ‼︎」

 逆須磨明治の掌には、いろいろなパーツに包まれて、もはやなんなのか分からないくらい原型を失ったスマートフォンが握られていた。ゆっくりとカメラをマガリと阿弥陀の方へ向け、口上を告げる。

「つーわけで今回は、アタシの高校時代の後輩二人と一緒に東京の生態調査いくぜ」

「……はい?」

 逆須磨明治が画面をタップする。短い電子音が溢れ、スマートフォンのカメラ位置に点灯していたランプが消灯した。機材を下ろし、ゆっくりと歩み寄る逆須磨明治はマガリの肩に手を乗せる。

「んじゃ、行くか」

「すいません、色々待ってください」

 もはや何が起きているのか、マガリは理解できなかった。いや、何を行っているのかだとか、逆須磨明治の正体というのはなんとなく分かるのだが、あまりにも唐突すぎた故にマガリの脳は混乱している。

「明治さんは結構有名な動画配信者らしいんだけど……生物系ってジャンル的にはまぁ、マガリちゃん見ないよね」

 阿弥陀の苦笑。確かにマガリは生物系ジャンルどころか、某動画配信アプリすらあまり触れることもない。逆須磨明治が世間でどれだけの知名度を誇っていようと、マガリのコミュニティには一切名の上がらない人物であることは明白だった。

 阿弥陀もよく知らないと付け加える。それは果たして本人の目の前で言っていいのかどうか。マガリは少し不安を覚える。

「勿論、顔はちゃんと編集で伏せとくから安心しな」

 逆須磨明治の無邪気なサムズアップ。しかし、彼女が先ほど語った通りならば、これから行われる事と祓に一体なんの関わりがあるというのか。

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