私の装札
七崩県の招集に従い、第三調整室を目指すマガリと阿弥陀はエレベーター内にて肩を並べていた。昨日の診察が行われた、左沢京那の佇む地下四階をとうに置き去りとして、地下七階へと降り立つ。
少し歩いた先、広がる広大な景色にマガリは固唾を飲んだ。今まではどこかで見た事があるような普遍を描いた光景だったのだが、この階層は余りにも現実離れした構造をしていた。
数段重ねられた階段が眼前に構え、その向こう側に巨大な扉が行き交う人を見下ろす。片開きの白い扉は幾重に重ねられた細い板で仕切られているらしく、それは間違いなく「巨大な百葉箱」だった。
七崩県が語っていた、百葉箱が飛び抜けて冥札との共鳴度が高いという言葉。恐らくこの百葉箱の向こう側は、冥蜾へと繋がっているのだろう。さしずめ、戦線の境界というわけだ。
「マガリちゃん、こっち」
異質な光景に口を開いたままのマガリは、阿弥陀の言葉に我を取り戻し首を振る。百葉箱の佇む広場を離れ、目的地へと脚を進めた。
「ん、おおいらっしゃい」
第三調整室の扉を潜った先で、七崩県が出迎える。片手のスマートフォンをポケットに仕舞い込み、手を振った。
辺りは何なのかよく分からない機械が張り巡らされた空間に支配されているらしく、これもまた異質としてマガリの思考にこびりつく。
「早速なんだけどな、マガリちゃん。昨日渡した装札出してみ」
言われるがまま、マガリは上着の内ポケットから装札を取り出す。しかし、昨日まで一切しなる事もしなかった強靭な紙は前のめりに倒れ、端から侵食するように茶色を滲ませていた。ポケットでクシャクシャになった装札は、昨日と今日の間に五十年近くを過ごしたのかと思わせるような変化を遂げている。
「え、いやその……私ほんと何もしてないんですけど……‼︎」
「あぁうん、大丈夫そういうんじゃねえの」
焦るマガリを眼前に少し笑いを堪える七崩県は、壁沿いに設置されたデスク上に置かれた一つの箱へ手を伸ばし、マガリの前に差し出した。
「そいつは阿弥陀の命力量に合わせて作られた装札だから、そうなるのもしゃーない。昨日、京那に調べてもらったら、マガリちゃんと阿弥陀の命力量が全然違ったらしくてな」
七崩県は箱の蓋を開け、その上部を適当に放り投げる。マガリへ差し出された箱の本体の中には、三枚の装札、そして、恐らく装札を保存するケースらしきものが並んでいた。
「これ、マガリちゃんの命力量に合わせて作ってもらったやつ。スペア合わせてとりあえず三枚な」
「ありがとうございます……‼︎」
マガリは装札とケースを受け取り、まじまじと見つめた。一見同じように見えるが、所々に阿弥陀のものと違った意匠が汲み取れる。装札のデザインはよくある神道のものに似ているが、それを文字として読み取ることは不可能に近いものだった。
「んじゃ早速、使ってみな」
七崩県に促されるまま、マガリは一枚を構える。昨日の激戦……とも言い難いか、しかしマガリの中ではそう捉えておきたい一件以来の、装札使用である。
「ぉ、おお……」
阿弥陀の、腑抜けたような声が第三調整室に響いた。遂に自分自身専用の装札を手に入れたマガリは、初めてその衣装に身を包み、そして、困惑した。
「これ、本当に合ってます⁉︎」
クロップド……と言うには、余りにも短すぎる丈。もはや最近では全く聞かない、ミドリフトップというやつだろうか。
既にマガリの下乳がこぼれ落ちそうなほどまでに際どいラインを攻めたトップスに、ダボっとしたショートパンツをベルトで強引に締め付け、最後にミリタリージャケットを羽織る。異様なまでに腹を露出した、街中を歩けないレベルの異装がマガリを包み込んだ。
「うん、私がデザインした。良いだろ?」
「こ、こんなんで闘えと……⁉︎」
満面の笑みでサムズアップをぶちかます七崩県は、マガリの臍を凝視していた。その視線に、マガリは両手を包む厚い装甲で腹を覆い隠す。
「つーのはまあ置いといて……殴打系の祓は重さがネックだからな、その他は軽くしとくべきだ。喰らう前提で硬めるより、スピード求めて避けんのに慣れたほうが良い」
七崩県は、最もな事を言っているらしい。確かにマガリが装札を使用してる時、一番負荷を抱えるのは両腕で間違いない。この重量をさらに追加して麽禍と闘うのは、恐らく難しいだろう。
「なるほど……」
「んじゃ、マガリちゃんにはとりあえずその装札に慣れてもらうとこから始める」
ふと、三人の背後に佇む扉が開く。部屋へ侵入した足音は一直線にマガリの元へ接近し、その脚を止めた。
「はじめましてだな、波ヶ咲マガリ」
「えっと、どちらさま……?」
現れた女は短髪の黒を揺らし、マガリの顔を覗き込む。裕に身長百八十を超えているであろう高さからマガリを見下ろし、八重歯を見せて笑っていた。
「最速で階級を伍にする。そのために、マガリちゃんを玖座全員に鍛えてもらう事にしたワケよ」
七崩県は、ことの成り行きを端的に語った。
「アタシは玖座『風切』逆須磨明治だ。よろしくな」
「よ、よろしくお願いします……?」