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はじめての朝③

「おおそうか、まあなんつーかな、何だろう」

 一銅釜焚火が、相変わらず両手を朝食の残骸で塞いだまま首を傾げる。参になったら、と言っていたので、恐らく何らかの特権である事には間違いなさそうだった。

「簡単に言えば、チームを組んで麽禍と戦えるってこと。強い麽禍相手でも複数人なら倒せるし、麽禍が沢山いるときは素早く処理できるって感じだよ」

 叉境倻紫乃が、一銅釜焚火の悶々とした姿を置き去りにして解説してくれた。マガリはその一連に何度も相槌を落としながら、阿弥陀は未だ頬を張って咀嚼しながら、彼女の言葉を聞いていた。

「おぅ、せんきゅ紫乃。つーわけでマガリち、参になるまでに考えといてくれぇ」

 階級伍にあたる特権が、私的理由での冥札の使用。そして叉境倻紫乃が語るには、階級参の特権がこの小隊という制度だという。

 階級参。マガリが己の目的へ向かう途中、必ず通る道である。恐らく彼女たちは、阿弥陀が参になるまでを待ち侘びていたのだろう。そのついでだとしても、こうして初対面ながらに誘ってくれたという事実に、マガリは嬉しく感じていた。

 ふと、壁に掛けられたテレビの画面、先ほどまで映し出されていたニュース番組が終わる。液晶の左上に、9:00が浮かんでいた。

「焚火、時間だよ」

「おっ。んじゃ行きますか。またなマガリち、アミダちも」

 一銅釜焚火と叉境倻紫乃は二人並び、ゆっくりと歩き去る。また、と。再会を想起させる言葉を残して、マガリと阿弥陀の座る席を後にした。

 

 ※

 

「……で、なんだっけ?」

 食堂の一角。七崩県と一人の少女が向かい合うように机を挟み、二人の影が陰鬱の中を座る。七崩県の眼前には、栄養バランスの考えられた朝食のメニュー。少女はひとつの焼きそばパンを齧りながら、虚な目を向けていた。

「いや、だからあそこに座ってる子な。アレだアレ、波ヶ咲マガリ」

 阿弥陀に肩を並べて、一銅釜焚火、叉境倻紫乃と会話するマガリを指差したまま、七崩県は呆れたように繰り返した。少女は溢れた一本の焼きそばを人差し指で救出しそのまま啜る。全く興味の無さそうな顔で、マガリの方向を向いた。

「あの子を最速で階級伍まで持ってくにはどうしたもんかと悩んだワケよ。んで京那と話し合って出た結論、玖座全員から手解きしてもらうことにした」

 パンパンに膨らませた頬に焼きそばパンを詰め込んで、一気に喉の奥へ落とす。何を考えているのかを悟らせない死んだセミのような眼は、呆れたように七崩県を見つめた。

「多分、あの子はすぐ死ぬ。面倒とか以前に、僕の時間と労力が無駄になる」

 焼きそばパンを食べ終えた少女は、手に余ったラップのゴミを丸めて、七崩県の朝食が並んだトレイの端に乗せる。席を立ち、小さな身体で出口へと向かい始めた。

「それ、捨てといて」

 少女の立ち去る姿を見つめながら、七崩県は味噌汁を啜る。木製の茶碗と箸を置き、懐から手帳とボールペンを取り出して、ため息を落とした。

「幸先悪ぃなぁ……」

 手帳の罫線に合わせ、八人の名前が淡々と記されていた。黙々とそれらを眺めたのち、七崩県は一番下に記された『秋縄緋唵(あきつなひおん)』に斜線を引いて、リストから消した。

「まぁ、んなこと言ってる時間が勿体ねえか」

 七崩県は手帳とボールペンを懐にしまい込み、食べ終えた朝食を両手に立ち上がる。近くのゴミ箱へ向かい、先ほど押し付けられたゴミを突っ込んだ。

 窓際に座ったマガリと阿弥陀は、立ち去る一銅釜焚火と叉境倻紫乃を見送っている。丁度いい機会と、七崩県は二人の座る席へと向かった。

 

「よぉ」

「ぬぉ、おへぇりゃん」

「相変わらず食うの遅ぇなお前」

 未だ完食の目処が立たない阿弥陀の隣で、一杯の粗茶で時間を潰すマガリが苦笑と共に佇んでいた。朝の挨拶も程々に、昨日を共にした三人が再び集まる。

「マガリちゃん、このあと色々やらなきゃならん事あるから第三調整室まで来て欲しいんだけど大丈夫?」

「はい。私もこれからどうすればいいのか分からないんで……」

 目的地までは、阿弥陀に案内してもらうように、と。七崩県は今後の待ち合わせを伝え、会釈と共にトレイの返却口へと向かった。

 

「そういえば、阿弥陀ちゃんって七崩さんの事『お姉ちゃん』って呼んでるけど……」

「ん……あぁいや、別に本当の姉妹じゃないよ」

 阿弥陀の朝食がすぐには終わらないと悟ったマガリは、時間の浪費を会話へと向けた。一昨日から気になっていた阿弥陀と七崩県の関係について、マガリは触れ込む。

「半年前に両親が行方不明になってね、結局二人とも冥蜾で残骸で発見されたの。そのとき私を保護してくれたのが、お姉ちゃん」

 まるで身内のように懐いた結果の呼称であると、阿弥陀は語った。しかしよくもまあ、食事をしながらそのような身の上の話が出来たものだとマガリは気分を沈ませた。嫌な記憶を掘り返してしまったか、そんな疑念に苛まれる。

「なんか……ごめんね、私も嫌な事掘り返しちゃったかも」

「え、何が?」

 マガリの謝罪に向けられたのは、きょとんとした表情。一切含みの無い、純正の疑問が阿弥陀の口から吐き出された。

 恐らく、阿弥陀の中には決して触れるべきでない過去があるとマガリは悟る。

 マガリがしどろもどろの適当な言葉で会話を終わらせようと試みるうちに、阿弥陀の朝食は底をついていた。

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