はじめての朝②
厨房の少女から受け取った朝食を両手に、マガリと阿弥陀は空席を探す。二つ並んだ空席は幾つかあるものの、マガリと阿弥陀は人気の少ない静かな場所を求めて歩き続けた。
たどり着いた果ては、窓から差し込む朝の陽が一段と強く煌めく、ガラス張りのカウンター席。あまりの眩しさ故か、人気は随分と少なかった。マガリと阿弥陀は、肩を並べて街並みを見下ろす。二階ということもあってか、そこまで荘厳なものではなかったようだが。
「いただきます」
両手を鳴らし、箸を取る。マガリは味噌汁の器に手を伸ばし、少しかき混ぜた後に啜った。
壁に掛けられたテレビの画面から、朝のニュースが漏れていた。何処かの国で内乱が起こっているだの、政府や反乱組織が動き出しているだの、考えるほど頭が痛くなるような羅列がアナウンサーにより語られる。
「そういえば、祓って表に公表されてない機関だよね。こんなとこに本部建っててバレないの?」
朝食も中盤に差し掛かってきた頃。マガリは眼前の景色を見下ろしながら、耳に届いた情報と紐付けた疑問を阿弥陀へと問いかけた。
「一応表向きは、この辺の女子校の生徒を対象にした寮舎って事になってるからね。地上階が宿舎で、地下に祓の施設が隠してあるの」
実際に近所の女子校へ通っている祓もいるそうだが、悲しい事に近隣にあるのは大学だけらしい。マガリは当然高校の過程を終えていないので、入学は難しいだろう。
しかし、祓は国の機関として動いている以上、福利厚生はしっかりとしている様だ。当然のように社会へ出る人材のサポートをしてくれるらしいが、実際は祓として生きる方が食うに困らないという。阿弥陀は淡々と語った。
鮭の一欠片を、味噌汁と共に流し込む。充分に胃袋を満たした朝食の面々は、マガリの丹田あたりを膨らませていた。マガリの眼前に置かれた、綺麗に底を写した食器には、鮭の骨だけが残っている。
「マガリちゃん、食べるの早いね」
「待ってるから、落ち着いてゆっくり食べてね」
食後とマガリが両手を鳴らす頃、阿弥陀は未だ半分を胃に落としたばかりといった状況。阿弥陀は謎の焦りに急かされて、箸と咀嚼を加速させる。そんな姿を、マガリは抑制した。
「……あれ、アミダち。いつの間に帰ってきたの?」
ふと、背後から声が飛ぶ。聳えたガラス越しの風景に反射して、少しだけ部屋を反響していた。マガリと阿弥陀は、背後を振り返る。
そこには二人、マガリや阿弥陀と同じあたりの歳と思われる少女が二人並んで立っていた。丁寧に完食された面々を携え、一人が阿弥陀の顔を覗き込む。
「む、はふぃゔぃぢゃ」
「阿弥陀ちゃん、飲み込んでから喋ろう?」
咀嚼の末、阿弥陀の喉はごくりと音を立てる。冷たくも温かくもない粗茶で流し込み、一息をついてから再び口を開いた。
「ふぅ。おまたせ、焚火。紫乃も」
阿弥陀に声を掛けた短髪の少女、焚火と呼ばれた一人が声をあげて笑う。白米をいっぱいに頬張った阿弥陀の姿に、何気ない笑いを誘われたようだった。もう一人、紫乃と呼ばれた黒髪の少女も静かに笑う。
「んで、遠征どうだった?」
「あ、いや……」
焚火に問われた阿弥陀は視線を泳がせる。ゆっくりと、マガリの方を向いて分かりやすく戸惑った。
「いや、全然気にしないで?」
「マガリちゃん……」
阿弥陀の挙動不審と、はじめて見る顔に首を傾げる二人が立ち惚けていた。この数日で何が起こっていたのか、当然彼女たちは知らないだろう。
「まあいいや、それでアミダち、その子は?」
焚火が問う。マガリは座ったまま身体の方向を後ろに向け、二人と顔を合わせた。
「波ヶ咲マガリです。その遠征……で色々あって、祓になりました」
「まぁ……色々あったの、ほんと……」
阿弥陀にとって、一昨日の出来事は思ったより深く刺さっているようだった。マガリの語った、謝らないでほしい。辛い顔をしないでほしいといった願いも、ふとした瞬間には意味を成さないらしい。最も、それがあってはならない事だと、阿弥陀自身が一番よく分かっているのだが。
「おぉ、マガリち。覚えた。私は一銅釜焚火ね、よろしくぅ」
気さくな声で、その名を語る。一銅釜焚火は握手と洒落込むため右手を差し出そうとするも、その腕に抱えた食器が落ちそうになるのを見て、瞬時に手を引っ込めた。
「叉境倻紫乃です、よろしくね」
黒髪の少女も続けて名乗りを語った。物静かな雰囲気と、気品のある姿。どこかの令嬢かと疑うような一連を並べて、叉境倻紫乃は微笑した。
「んでさ、マガリち。相談なんだが」
一銅釜焚火はマガリの座った席の隣、誰もいない空席の隙間に回り込み、顔を覗き込んだ。
「参まで来たらさ、ウチの小隊入らね?」
「小隊……?」
恐らく、祓の中に存在する何らかのシステムだろうか。しかしマガリはその言葉に聞き覚えもなく、ただ鸚鵡のように言を返すだけだった。
「焚火、波ヶ咲さんはまだ祓の事あんまり知らないと思うよ。ほら困ってるでしょ」
呆れたように、一銅釜焚火を冷たい目で見つめた叉境倻紫乃の声がした。