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玖座

 南風原舞花との雑談もほどほどに、抹茶色のミニバンはブレーキを踏む。目的地への到着を合図するように、ロータリーの一角へと完全に停車した。

「さ、行こか」

 一言を残し、南風原舞花は運転席から降りる。連れられるように、マガリも大荷物を抱えて後部座席のドアへ手をかけた。振り返った先、未だ起きる気配のない阿弥陀をどうすべきかと思考を巡らせていた頃、背後から南風原舞花の「阿弥陀ちゃんは置いといても大丈夫やで」という言葉が聞こえる。マガリは、渋々彼女を置いて歩き出した。

 

 聳える建造物は、朝の情報番組で紹介されていそうな高級ホテル。或いは、一般人が一生働いて買えるかどうかといったレベルの高級マンションか。少なくとも、マガリの今までの生活では目にしたことのないような建築であることは明白だった。

 自動ドアを潜った先、エントランスの門番と言わんばかりに通行を妨げるバリケードが行手を阻む。自動改札に似た構造を前に、南風原舞花は、直線に並んだバリケードの先に佇むガラス張りの管理人室へと向かっていた。なにやら、管理人らしき人物と話している。

「あー、はい。県さんが言うてた子です。頼みますわ」

 ガラス越しの向こう側から、一枚のカードが南風原舞花へと受け渡される。その一枚を受け取った南風原舞花は、会釈の後にマガリの元へと帰還した。

「ほい、これ通行証」

 先ほどのカードをマガリに手渡す。眼前のバリケードを越える為には、どうやらこの一枚が必要なようだ。懐から自身のパスケースを取り出した南風原舞花に続くようにして、マガリも建造物の中へと侵入した。

 

 

 少し歩いた先、エレベーター内にて二人並び、地下へと向かう。施設内部は無機質な白によって大部分が構成され、利便性だけを追求したような景観に、まるで秘密基地だとマガリは辺りを見渡していた。

 地下四階、月も太陽も光を与えられないほど潜った先にて、マガリは南風原舞花の後を追う。この階層に辿り着いてから、ところどころで全身に白を纏った人々とすれ違う。ここが医療施設であると、強く語りかけているようだった。

「さ、着いたで」

 診察室。と書かれた扉の前で、南風原舞花は立ち止まる。先ほどの、七崩県と麽禍の戦闘——とも言い難い、麽禍が一方的に屠られていただけだが。その際に襲った冥螺の瘴気は未だ健在らしく、その治療にあたる為にマガリが連れられたのが、ここと言うわけだ。

「どーも、お疲れ様です」

 南風原舞花が扉に手を掛ける。両開きの片方が開け放たれ、薄暗い廊下に漏れ出すように白い光が放たれた。一歩、相変わらず無機質な白が支配する空間へとマガリは脚を踏み入れた。配線の収束する先に構えた大きなコンピュータとモニタ、積まれた紙の束に囲まれた中から、二人の方向へと視線が向けられる。

「お疲れさま、ありがとうね舞花ちゃん」

「ええんですよ、県さんの無茶には慣れてますんで」

 しっかりと整えられた容姿に白衣を纏う、七崩県と同じくらいの歳をした女性が笑う。マガリの診察を受け持った医者、ということで間違いないだろう。

「マガリちゃんも、長旅お疲れさま」

「ど、どうも……」

 七崩県からの連絡故か、事情をしっかりと把握しているらしい女性はマガリに労いの言葉をかける。未だ、どういった反応が正しいのかの答えに行き着いていないマガリは、有耶無耶な返事を残してしまった。

「波ヶ咲ちゃん急な旅やったから、まだ緊張しとるみたいですわ」

 南風原舞花は笑いかける。確かに、激動の二日間に終止符を打つような時間の中では、マガリの脳は正常な動き方を忘れてしまっていたのだ。

「大丈夫よ、さぁ座って。診察を始めましょう」

 白衣の女性に急かされるまま、マガリは勧められた地点へと腰を下ろす。その光景は、なんの変哲もない普遍を描いた病院での診察と何の差異もない。

「あぁ、そういやまだだったわね。私は左沢京那(あてらざわきょうな)。祓東京本部病棟の院長やってる人よ、よろしくね」

「ちなみにその人も玖座やで」

 マガリと対面した女性は、名を左沢京那と語る。付け加えるように、南風原舞花によって彼女が七崩県と並ぶ高位の存在であると告げられた。優しげな表情をした、明らかなまでに普通を絵に描いたような彼女が麽禍と戦っている姿は、マガリの脳内では描き難いものとなっている。

「ほんじゃ、阿弥陀ちゃん取りに行ってくるわ。京那さんお願いします」

「はい、いってらっしゃい」

 気さくに手を振り、診察室を後にする南風原舞花。きぃ、と、扉の擦れる音を残して、姿をくらませていた。

 

 

 そうして始まった左沢京那による診察は、至って普通の問診や網膜検査、聴診器だなんだと繰り返した。仕舞いにはCR検査に似た輪を潜ったりと、マガリはおよそ二十分ほどに及ぶ検査を受けた。再び定位置へと座り込み向かい合うマガリと左沢京那の間には、神妙な空気が垂れ流されていた。

「あの、左沢さん。結果は……」

「……ん、あぁ、ごめんね。それで結果なんだけど」

 マガリの生唾を飲む音が無機質な部屋を反響した。簡単に読ませる気のなさそうな、ドイツ語のアルファベットと数字の羅列が淡々と書き記されたカルテは、マガリの不安を増長させるだけだった。左沢京那は、ゆっくりと口を開く。

「驚くほど健康。頭痛も、一週間くらいで収まると思うわよ」

 不安をさらに増長させていた沈黙の間から、マガリは解放に安堵を溢す。ひとまずは自身の健康を喜ばしいと、胸を撫で下ろした。

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