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淵源②

 一定に整えられたリズムで、車体が揺れる。次第に一律を乱すようにして、ゆっくりと身体が慣性を覚えた。近づく停車駅へ向けて、ブレーキが起動したのだろう。

 少しの間。マガリが装札(そうふ)を使用したことに、寧獄(ねいごく)は何かを感じたのだろうか。八本足の人面は律儀に床で慣性に抗い、眼前の様子を伺っていた。面が天井を向くようにして佇む寧獄にとっての眼前がマガリの構える方向だったか否かは不明だが。

 完全に車両が停車する。その場に居た誰もが身体を揺らし、空気の弾ける音と共に右側のドアが一斉にスライドした。不機嫌な顔をした大学生が、三人に舌打ちを飛ばして下車する。

 まるで、あの大学生が席を立った事がトリガーのように。蜘蛛の脚を軋ませ、空中に飛び上がった寧獄が一直線にマガリへと飛びかかった。勝負の瞬間が、車内に蔓延を始める。

 寧獄の発した気色の悪い笑い声が、吊り革をすり抜けて車内に響く。不恰好な猿真似の構えながらに、マガリは目標を冷静に見極めた。恐らく、脚に殴打を当てたとて大きなダメージにはならない。先日見た麽禍(まか)と比べれば、随分と小さな部類である。だからこそ、どこを狙うかなど愚問である。

「っ……らぁ‼︎」

 利き手である右側、寧獄の顎らしき位置を目掛けて拳を振り抜ける。マガリ自身、確信の持てない力量だったとは感じたものの、行動を終えたマガリのぼやけた視界には寧獄の姿は写らなかった。

「おー……」

 扉の閉まる音。重なるよう、七崩県(ななくずれあがた)の感嘆が三人だけになった車内に響いた。その視線はマガリの拳が示す先、貫通扉の窓ガラスに打ち付けられた黒の塊へと向けられていた。衝撃から、何本かの脚が人面から引き千切れて床へと落ちる。痙攣を起こし始めた寧獄は、身体の大部分が塵の様に変化し、その場に始めから居なかったかのようにして消滅した。

 

 一連を終え、三人は再び先程と同じポジションに座る。所々に他の客が見え始めたが、現在マガリたちが居座る車両には誰も乗ってこなかった。それぞれの乗客がそれぞれの車両を貸し切ったような、そんな豪勢な解釈の似合う現状である。

「えっと、アレで合ってました……?」

 不安を浮かべたマガリは、二人に問う。如何にして麽禍を殺すか、何をもってして奴等の死と為すか。曖昧の中に塵と化して消滅した先ほどの寧獄は、正しい方法で死したのだろうか。

「大丈夫だよ。麽禍は死んだら、あんな感じで灰になって消えるの」

 阿弥陀(あみだ)の回答に、マガリは胸を撫で下ろす。何もわからない状態で寧獄を吹き飛ばした時から、もしや瀕死のまま逃してしまったのではという思考に至っていたのだ。

「まぁ、大体あんな感じだな」

 一息をついて、休息へ。再び停車駅に留まるが、未だ新たな客が現れる気配もない。

「そういえば、さっきまで乗ってた大学生くらいの人……多分、麽禍見えてませんでしたよね」

 マガリの脳内を満たす情報は尽きないが、疑念として浮かんだ事柄を唐突に問う。恐らく彼には、電車内で特に意味もなく突然暴れ回るマガリの姿が映っていたのだろう。

「いいとこに目つけたな、マガリちゃん」

 七崩県は背もたれに肩を預け、シートを贅沢に使ってくつろいでいた。マガリの質問に、素晴らしい良問だと笑う。

冥札(めいふ)や装札を動かすのは命力(めいりょく)だし、麽禍を見るのも命力だ。私たちは命力を持っているけど、あの大学生は命力を持ってない。だから私たちは麽禍の存在に気付けたし、あの大学生は気付けなかった」

 あまり、納得に至る言葉ではなかった。大切な部分が随分と省略されているような感覚と、マガリは首を捻る。しかし、七崩県は冥札の使用方法を告げる際に回答を求めた。これも同じく、クイズのようなものなのではないかとマガリは思考を動かし始めた。

「私たちとあの大学生の違い……」

「うん。あんま深く考えなくていいよ、簡単だ」

 先ほどの大学生と、マガリや阿弥陀、七崩県の違い。麽禍の存在を知っているか否か、というのは、先日麽禍を初めて目撃したマガリという事例が否定している。

 しかし、回答は目に見えていた。七崩県の言う通り、あまりにも簡単な違い故に、逆に瞬時に気が付かなかったのかもしれない。

「性別……ですか?」

 七崩県の人差し指が、マガリを指す。

「そう。正解」

 あまりにも簡単すぎる。しかし、その差にどのような行間が詰まっているのか。マガリの回答に、補足が施される。

「命力ってのは、人間を生かす力だ。子宮で作られるから、女性と母体から命力を受け継いだ幼い子供しか持ってない。時間が経てば母親から貰った命力は消えていくから、さっきの大学生は麽禍が見えなかったってわけだ」

 マガリは、自身の丹田辺りに目を落とした。己の中で命力という目に見えない力が作られ、それを力として戦っている。なんともオカルティックな話である。と、麽禍などという異形の存在を目撃してなお、不可思議に浸っていた。


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