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婚約者に愛されない悪役令嬢が予言の書を手に入れたら  作者: 山田露子 ☆ヴェール小説4巻発売中!
side-B

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86.お披露目パーティー【side-B】


「これ以上はだめだ――桜子さんは、絶対に越えてはいけないラインを越えようとしている。」


 夏樹を嵌めようとしている桜子の暴走を、本気で止めようとしたヒカル。


 彼は友達として、桜子が人の道から外れるのを許さなかった。


「じゃあ、私を殺して。そうしたら私は止まる」


 安っぽい台詞……自分でも呆れる。けれど、実はこれが本音なのかも。


 どうしてもやるしかない。だけどつらい。しんどい。


 綾乃を護れていないのに、無責任にすべてを放り出したくなった。いっそ誰かが私を殺してくれれば、すぐに楽になれるのに。


 ヒカルは傷ついた瞳でこちらを見てきた。自分には止められない……それを悟ったのだろう。


 桜子は胸を痛めた。


 ……ごめんなさい、ヒカル。


 でも今さらやめられないの。だから振り返らずに、このまま進むわ。


 もうあなたもいらない。


 さようなら、ヒカル。


 友達になってくれて、ありがとう。




   * * *




 ――最終シナリオの標的は、紫野夏樹。


 勝つのは桜子か。夏樹か。


 あるいは共倒れになるのか。


 今回キーマンとなるのは、柏野武かしわの たけし――紫野社長の秘書だ。


 年齢は三十代前半。彼は表向き、非の打ちどころのない優秀な社員ということになっている。しかし彼には裏の顔があり、桜子はその弱みを運良く掴むことができた。ありふれた弱みといったらなんだけれど、女と金の問題で、十分に脅迫のネタになる。


 この数日間、桜子は精力的に動き回った。


 秘書の柏野武に接触し、彼を脅して、仲間に引き入れた。柏野武が仲間になったことで、彼から面白い話を聞くことができた。


 実はこの秘書、紫野氏の妻・惠理香から、以前より何度も誘いをかけられていたのだそう。


 紫野惠理香は、夫の会社から企業秘密を盗み出そうとしていた。――顧客の情報や、従業員の個人情報、社外秘の財務情報など。


 それを恋人の嵯峨野重利に渡そうとしているらしい。


 嵯峨野重利は、紫野惠理香に盗みの実行犯をやらせることで、紫野社長を追い込む目的もあるのだろうか。――妻が犯人となると、紫野社長も厳しい立場に追いやられる。


 企業秘密の盗難か……。


 初め、桜子は尻込みした。問題が大きすぎて、自分の手には負えないかもしれない。


 盗難が実行されてしまうと、紫野社長の会社が大打撃を受ける。西大路家は紫野家の傘下に当たるので、上の紫野家が傾けば、当家も同じ運命を辿ることに。大勢の社員の生活がかかっている。


 どうしたものか……。


 けれど桜子は『大丈夫』と自分に言い聞かせた。企業秘密は実際に盗ませるが、それを『使わせなければいい』――使う前に、嵯峨野重利を脅して、盗んだデータを回収する。


 そのために嵯峨野重利の弱みは握ってある。


 危険は確かにあるが、やるしかない。


 綾乃と夏樹のあいだに決定的な溝を作るには、『綾乃のヘマで、企業秘密が盗まれた』という既成事実を作らなければならない。


 一度盗まれたという事実があれば、あとでそのデータが戻って来たとしても、紫野社長はこれに関与した綾乃を絶対に許さないだろう。


 ふたりの婚約が破棄されれば、夏樹と縁が切れるから、桜子が予言の書の作者であることを、綾乃に知られずに済むかもしれない。


 そんなはずはないのに……桜子は都合の良い夢に縋ることにした。


 最終決戦は、金曜日。


 紫野社長主催の、新社屋お披露目パーティーですべて片づける。


 計画はこうだ。


 まず準備段階として、前日までに、紫野社長の秘書である柏野から、紫野惠理香に計画を持ちかける。


「金曜日のパーティー当日なら、企業秘密を盗み出せるかもしれない」


 紫野惠理香は乗ってくるだろう。元々機会を窺っていたのだから。


 細かい計画は柏野が立て、紫野惠理香、嵯峨野重利に指示をする。


 秘書が計画に加わるのだ、大抵の問題はクリアできる。


 桜子は柏野に、「綾乃が紫野惠理香を止めようとするが、失敗するシナリオにしたい」と指示してある。とりあえず綾乃には、社長室に入ってもらわないと。


 綾乃が自力で社長室への入り方を見つけられない場合は、柏野が上手く誘導する手はずになっていた。


 ……私は冷静な判断力を失っている?


 桜子は自問自答してみた。


 そうかもしれない。


 けれど止まれなかった。友人のヒカルに苦言を呈されても、止まることができなかった。


 桜子は怒りで我を忘れていたのだ。激情が、自身の腹を食い破り、暴走を始めていた。


 怪物と化した私を止めることができるのは、誰だろう。


 それは、おそらく――……




   * * *




 金曜日。パーティー当日。


 新社屋の地階――駐車場と隣接する広大な機械室に、桜子はひとりで立っていた。


 ここは空調や電気関係を制御するための部屋で、床面積はかなり広いものの、機械類が多く配置されており、意外にごちゃごちゃしている。


 床には太いコードが剥き出しで這いまわり、その有様はまるで巨大な生きものの内臓を思わせた。


 微かな物音がして振り返れば、夏樹が歩み寄って来るのが見えた。


「――ここはまだ工事が完了していないんです。だから見苦しくて申し訳ありません」


 夏樹は『ふたりのあいだには確執などない』というように、静かな声でそう言った。


 桜子は足元の黒いコードを見おろした。本来ならば、これは床下に這わせるなどして、晒されるはずのないものだ。


 見せてはいけない裏の部分。まるで私みたい。


 今日の桜子は白いドレスを身に纏っている。


 死に装束のようだと思った。幕引きに相応しい。


 桜子の心は静かだった。ずっと荒れ狂っていたのに、不思議なことだ。


 認めたくなかっただけで、本当は、とっくに気づいていた。様々な断片から。


 今、大きなうねりの中にある――それを作り出しているのは自分だと思っていたけれど、違ったのね。


 だから終わりを受け入れよう。


 深呼吸をして、顔を上げる。しっかりと背筋を伸ばした。


 準備を整えた桜子に、夏樹が告げる。


「住吉忍は来ません。貴方と話をしたかったので、遠慮してもらいました」


 桜子のほうも、夏樹と話をつけるつもりでいた。


 しかし桜子の予定では、それはもう少しあとになるはずだった。


 企業秘密が紫野惠理香によって盗み出されたあと、綾乃が窮地に陥る――そしてすべてが手遅れになったあとで、桜子と夏樹は互いに感情を爆発させ、罵り合うことになるだろうと思っていたのに……。


「……何を話すというの?」


 興味があった。彼が何を語るのか。


 桜子のほうは――昔は彼に言いたいことがあった。その大部分は恨み言だ。


 桜子は彼に対してずっと『足りない』と思っていた。


 綾乃を護るには、力が足りない。


 年齢が足りない。妹の盾になれるような、もっと年上の男性が望ましい。


 明るさが足りない。つらい経験をした妹を笑顔にできるような、陽気さがほしい。


 彼が気に入らなかった。そのすべてが。


 理屈じゃなく、ただ気に入らなかった。


 だからこの一年ほどは、桜子の中で燻っていた昏い感情を、彼に対してぶつけ続けた。


 薄青の封筒を使って。


 すべてを知った彼は、今、どう思っているのだろう。


 聞きたい。彼が何を語るのかを。


 夏樹は視線を巡らせ――やがてこちらに向き直った。どうやら無難なところから始めることにしたようだ。


「まず、秘書である柏野の醜聞ですが、あれは僕が撒いておいたエサです」


「え、そうだったの?」


 聞いた瞬間、腑に落ちた。


 なるほどそうか……確かにそれならば筋が通る。


 言われてみればそのとおりで、あれだけ用心深い紫野社長が、そんな危険人物を懐に置いておくわけがなかったのだ。


 夏樹が説明する。


「薄青の封筒が届くようになり、正体不明の脅迫者『X』に狙われた僕は考えました。敵は徹底的にこちらの事情を調べ上げているようだ――だったら、あえてどこかに弱点を作っておこう。秘書の柏野は優秀な男です。彼に協力してもらい、偽の醜聞を作り上げ、それをエサとして撒き、誰かがコンタクトしてくるのを待つことにしました」


「その秘書って、呆れるほどあなたに忠実なのね。――嘘とはいえ、長いあいだ悪い噂が放置されれば、真実のように扱われるわよ。彼自身のキャリアに傷がつく」


「ちょっと変わった人なんですよ。名を捨てて実を取る――それを平気でできてしまう人なんです」


「考えられない」


 自身の評判よりも、敵を嵌めるほうを選ぶ、か――あるじである夏樹のために。


 そんな変人があちらサイドにいるなんて、予想しろというほうが無理な話だわ。


 秘書のことを思い浮かべたのか、夏樹が微かに苦笑を浮かべたようだった。


 ……珍しい。


 人形みたいに、感情がないのかと思っていた。


 彼には彼の人生があって、近くに心を通わせている『誰か』がいる。


 ……私はもしかすると、何も見えていなかったのかしら。



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