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婚約者に愛されない悪役令嬢が予言の書を手に入れたら  作者: 山田露子 ☆ヴェール小説4巻発売中!
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83.深草楓-3  『王国の破壊者』


「君は一体、誰なんだ?」


「名乗るほどの者じゃない――と言いたいところだけど、あなたに今後協力を頼むからには、自己紹介しないとね。私の名前は西大路桜子よ」


 ……西大路桜子?


 驚いた。幻の令嬢じゃないか。幼少期に誘拐されて以来、ほとんど引きこもり状態だと聞いたが……。


 パーカーのポケットに手を入れた格好で、彼女が瞳をすがめてこちらを覗き込む。


「ねえ、あと一点だけ、これを言っておきたい。――あなたさ、疑問に思わなかった? 私が指定した日時、指定した場所でドンピシャ、さっきの暴力事件が起きたこと」


 正直、そこまで頭が回らなかった。目の前で家族が傷つけられたのだ。冷静でいられるわけがない。


「君が仕組んだことなの?」


「まぁ、半分は」


 彼女の片眉が少しだけ顰められた。


「でも具体的にプランを練ったのは、あなたの天使ちゃんよ」


「結衣が? そんなまさか」


 あの子は性格が大人しすぎるくらいなのに。


 桜子が強い視線でこちらを見据える。


「純粋な天使が、死にもの狂いで戦ったとして、何が悪いの? 私はあの子を尊敬するわ。頑張ったと思う。あのね……私、あの子に言ったのよ。手助けしてあげてもいいけれど、そのためには交換条件がある――私が指定した日時、指定した場所で、騒ぎを起こせるか? って。あの子はその条件を呑んだ。あの子なりに必死で考えて、天敵をあの場所に誘導して、いざとなったら止めに入ってもらえるよう、永松氏のお孫さんまで呼び出しておいた。妹さんは、どうして私がそんなおかしな指示を与えたのか、何も知らない。だけどわらにも縋る思いで頑張ったのよ」


 ――つまりは僕にあの行為を見せるためだけに、この女は妹に危険を強いたと言うのか。


「おかげで妹は怪我をしたよ。相当怖かったと思う。だから僕は君を軽蔑する」


「すればいい。あなたがそう思うのは、当然だと思う」


 あっさり認めるものだから、こちらは肩透かしを食わされた気分だ。


 ――私を責めるの? 恩に着なさい! と言われれば、遠慮なく軽蔑できたのに。


 彼女が少し困ったように続ける。


「そうね、スマートなやり方じゃないって、自分でも思ってる。私はあなたにさせたいことがあり、あなたの心を決めさせるために、あの暴力行為を見せた。それに、あなたは真実を知るべきだと思ったしね」


「どうして」


「実際に見たほうが、あの子を思い遣れると思ったの。妹さんは我慢強いから、あなたが寄り添う姿勢を見せないと、本心を告げないと思う。あとでじっくり話を聞いてあげてほしい。慰めてあげて。それから、一応言っとく――あなたが私の申し出を断ったとしても、あなたの天使ちゃんは助けるつもりよ。だって『助けてあげる』って、あの子と約束したから」


 そんなの、君にメリットがないじゃないか。


「だけどそれじゃ、僕が協力しなかったら、君の働きはすべて無駄になる。――最後まで嫌な女で通しなよ。妹を助けてほしければ言うことを聞けって、圧力をかければいい」


「最後は気持ちの問題でしょ。あなたがどうするか選ぶべきね。――私からの提案は、これにて終了」


 ああ、まったく……これで楓の心は決まった。


 こんなふうに言われて、突っ撥ねられるわけがない。


 彼女のズルイところは、最後の最後で見せた善意が、おそらく計算じゃないってことだ。


 打算や嘘が混ざっていれば分かる。彼女が結衣のことを真摯に案じているのが伝わってきた。


「――見返りは何を期待している? 僕に何をさせたいんだ」


 家柄が当家より上なのだから、こちらに何を求めているのか見当もつかない。


 そもそも彼女は僕個人にはまるで関心がなさそうだ。個人的な執着が動機でないなら、どうして近づいたのか。


 それに対する彼女の返答は、実に意外なものだった。


「あなたに期待しているものは、端的に言えば――顔よ」


「はぁ?」


 驚きすぎて思考停止しかけた。


「私は高等部から成藍に入る予定なの。で――成藍生の中で一番顔が良いのは誰かを調べて、あなたが該当しました。おめでとう」


 言っていることが理解できなすぎて怖い。


「いや、あの、全然分からない。それとひとつだけ言っときたいんだけど、一番顔が良いのは僕じゃないから」


「へぇ、じゃあ一番は誰?」


「久我奏」


 友人の名前を挙げたら、彼女の顔が一気に険しくなった。


 鼻のつけ根に皺が寄り、怒って周囲を威嚇してる時の小型犬みたいな顔になっている。


 え……なんなの?


「いや、ない、それはないわぁ」


「なんで? 君、奏のこと知ってるの?」


「遠目で見たことあるけど、どんなに美形でも、やつとは絶対に関わりたくない。ありゃ女たらしのクズだと思う」


 ひどいな。


 奏は一見癖が強そうだけど、付き合ってみると、案外いいやつなんだ。


 楓は一応、友達としてフォローしておくことにした。


「いやあの、女性に優しくするのは良いことでしょ? 彼のことはフェミニストだと考えてくれれば……」


「馬鹿か。女に優しくできない男はクズだけど、頭悪い女をはべらして無関心でほっとく男は、同レベルのクズだわ。あのね――ペットを飼うって、大変じゃない?」


「はぁ……あの、それはなんの話かな」


 話が飛びすぎ。


「まあ聞きなさいよ。たとえば犬を何匹も飼っている、『私は動物愛好家です』気取りのやつがいるとするわね。そいつがだよ、犬を放し飼いにして、ロクに面倒も見ず、餌はやらない、躾もしない、近所の子供に噛みついても我関せず、ってなことをしてたら、あなたはそれを好ましく思いますか?」


 いやあの、取り巻きの女の子たちは、奏のペットじゃないから。


 むしろどっちかっていうと、奏がペットだから。綺麗な顔をしているから、女の子たちに愛でられているだけだから。


 ……おっと、いけない。


 友人を心中でかばうあまり、何気に奏に対して失礼なことを考えてしまったよ。


 そして今――何かが引っかかったな。


 彼女、なんて言った? 女に優しくできない男はクズ――そう言ったのか?


 反芻した瞬間、脳が揺れた気がした。大昔に見た場面が次々に蘇り、それがやがてひとつに集約する。ある女の子の顔が浮かんだ。


 全身に震えが走る。


 ちょっと待って……え……この子、眼鏡を外したらどんな顔になる?


「あの……君、ちょっと眼鏡を外してみてくれないかな」


 頼む声が少し震えた。


 彼女ハッとした様子で、眼鏡のつるに指を伸ばしす。


 そして呆気に取られたように呟きを漏らした。


「いけない、眼鏡外し忘れてた……髪ほどいて、パーカー着て、フードかぶって……色々やって、時間に遅れそうだったから慌てて車を飛び出したのが、失敗のもとね」


 痛恨――みたいな顔つきでそっと眼鏡を外し、パーカーのポケットに突っ込む彼女。


 あのパーカー、急いで身に着けたということは、僕に会うための変装か。


 その下が今通っている学園の制服で、校名がバレないように、パーカーを羽織ったんだろうな。


 それと髪をほどいたと言ってたから、普段は結んでいるのかな。フードのあいだから覗いている、あの緩いウェーブは三つ編みのあと?


 ここへ来る前に、本来は眼鏡も外すはずだったが、慌てていて、外し忘れた、と。


 ところで、このように高速で考えを巡らせているのには、ちょっとした訳がある。


 そう、現実逃避だ。


 ああくそ……もう自分を騙せない。


 僕はこの子を知っている。


 あの頃は両親の不仲で鬱屈していた。その苛立ちを周囲にまき散らしていた――まだ幼くて、自分をコントロールできなかったから。


 心の底では、自分はちっぽけで、自分なんかいてもいなくても、世界は何も変わらないと分かっていた。


 けれどそれを認めたくなくて、王様みたいに好き勝手に振る舞い、周囲を試し続けた。


 僕はどんどん増長していった。


 そんな時、彼女に出会ったのだ。


 ――アヤ。


 楓はあの日、アヤに対し心の底から恐怖を覚えた。


 アヤは楓の王国を打ち倒した破壊者だった。


 楓はあの日を境に変わった。


 自分を恥じたからだ――そう、恥じた。


 今でもあの頃のことを思い出すのはつらい。


 思い出せば、自然と瞳は潤み、頬が赤らむ。


 指先が微かに震え始めた。


 アヤにはもう二度と会いたくないと思っていた。


 彼女と会ったら僕は――あの頃のだめな自分と、否応なく向き合う破目に陥るから。


 現に今、楓はアヤと再会し、心が震えている。


 この症状は、恋をしている時の状態とよく似ているかもしれない。


 けれどこれは恋みたいに甘ったるいものでは決してない。


 楓は正しく理解している。


 これはPTSD――


 心的外傷後ストレス障害だ。



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