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婚約者に愛されない悪役令嬢が予言の書を手に入れたら  作者: 山田露子 ☆ヴェール小説4巻発売中!
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73.久我奏-4  『アリアドネの糸』


「頭の悪い取り巻き女――お前が彼女らをそう表現したのだろう。俺もそれには同感だ。重要じゃない相手に対し、労力を惜しんで何が悪い?」


「悪いよ。あんたは自分を慕ってくれる相手に対して、なんの関心も抱いていないってことよね。別に相手を好きになれって言ってるんじゃない。でも相手がどんな人間か、知るくらいはしなよ。全員にそうしなくてたっていい、ひとりかふたりでもいいんだよ――だけどあんたは関心を払う相手が『ゼロ』でしょ。興味が湧かないのは、女たちの知的レベルが低いから? ――いいや、違うね。あんたはどんな相手であっても、自分を崇拝してくる人間に興味がないの」


 まったくもって容赦がない。


 奏は元・三月ウサギから発せられる、純粋な怒りの気配を汲み取った。


 ……なぜこんなことで怒る?


「すべてはね、あんたが取り巻き女たちを、A嬢B嬢C嬢って呼んだ――これに尽きるんだよ。分かる? 人は記号じゃ表せない。あんたはブレスレット盗難事件が起きて困っているって私に言った――だけど、実のところ、そんなに困っていないはず。心の底ではどうでもいいって思っている。だから真相に辿り着けないのよ」


 それはそのとおりで、自分にそういった傾向があることは承知している。それで何も問題はないと思っていた。


 たくさんの人が欲望丸出しで、にじり寄って来る。


 次々湧いて来る彼らに本気で関わるのはしんどいし、キリがないように思えた。だから人との関わりを希薄に済ませることは、自己防衛の一環でもあった。


 しかしそんなふうに手軽に済ませてしまうと、人との出会いが、ルーチンワークのように味気ない。


 皆、大体同じに見えて。


 けれど、もしかすると――相手がつまらない人間に思えるのは、俺がつまらない人間だからじゃないのか?


 いつだって相手をちゃんと見ようとしなかった。


 もしも相手に問題があるなら、こいつがしたようにちゃんと調べ上げて、それから嘲笑ってやってもよかったはずだ。


 けれど俺は、その手間をかけることさえ惜しんだ。嫌いになることさえ、億劫だったのだ。


 そして今、気づいたことがある。


 自分の周囲には、こんなふうに厳しく指摘をしてくれる人間がいない。


 周囲に厳しいことを言ってくれる人間がいない理由を考え、思い当たることがあった。


 ――俺がしっかり相手に向き合っていないから、相手も俺に本気を返さないんじゃないか?


 厳しいことを指摘してまで、俺とちゃんと向き合おうという人間がいないのは、やはりこちらに問題があるのだろう。


 元・三月ウサギが傍らでため息を吐く気配がした。


「あーあ……なんか真剣に話しちゃったよ。あのね、あんたがどうしようもない馬鹿だったら、私はこんなこと言ってないのよ。言われるうちが華ってやつ。なんとなく、あんたを見てたら、もったいないって思ってしまって、私らしくないお節介を焼いちゃった」


 そこでグイ、とさらに右肩に体重がかかったので不審に感じると、元・三月ウサギの焦ったような声が降ってきた。どうやら慌てて体のバランスを崩したらしい。


「あっ、ま、まずい――サメ女どもがこっちに来た! 私、行くわね」


 え――……


 刹那、ふわりと肩が軽くなった。


 失った瞬間、なんともいえない焦りを覚えた。それは半身を切られるような、喪失感を伴う何かだった。


 この女を逃すなと、本能が告げている。


 奏もさすがに彼女が従業員ではないことに気づいていた。


 いくらなんでも労働で対価を得ている人間が、雇用側の人間にここまでズケズケ言うわけがないし、発言も所々不自然だった。


 それはたとえば、このホテル以外での、俺の社交上の評判を知っていたこととか……。


 だからここで逃がすわけにはいかなかった。ここで逃がしてしまえば、きっともう会えない。


 奏は三月ウサギのマスクを剥ぎ取り、すぐに立ち上がったのだが――どういう訳か、目の前に色の洪水が押し寄せていて、脳が激しく混乱した。


 ――A嬢B嬢C嬢だ!


 元・三月ウサギに人を記号化するなと叱られたばかりだが、邪魔だなこいつら! と思うと、やはりA嬢B嬢C嬢は記号でしかない。


 どいてくれ――焦る。彼女はどこだ。


 ここ最近で一番動揺したかもしれない。


 目を離した、あの一瞬――ほんの一瞬で、泡のように消えていなくなるなんて!


 モブ令嬢三名を押しのけようとした奏は、会場から今まさに外に出ようとしているヒカルと、弟がエスコートするように連れ出そうとしている女の姿を目に留めた。


 ……なぜヒカルがここに? 弟は今回のイベントには特に絡んでいない。


 そして問題は、連れの女。


 白いシャツ、黒いベスト、黒いズボン――服装はほかの従業員と同様。髪は後ろでひっつめて団子状にまとめてあり、横顔が一瞬だけ見えた。


 その瞬間、雷に打たれたような激しい衝撃を受けた。


 ――彼女だ。


 ずっとずっと会いたかった、初恋の女の子。


 どうして一瞬見ただけなのに彼女だと分かったのか、自分でも不思議だった。


 執着ゆえだろうか。それともこれは白昼夢か。


 すべてが一瞬にして繋がる。


 三月ウサギのあの声。喋り方はだいぶ変っている。先ほど聞いた声は早口だったし、えらく攻撃的だった。


 昔会ったあの子は、もっとずっと――陽気で呑気だった。そして記憶の中の声はもう少し高かった。


 けれどたぶん、本質は変わっていない。


 油断していると、こちらに一気に踏み込んでくるところとか。


 時折調子に乗って、危なっかしく感じるところとか。


 時にかなり手厳しいところとか。


 俺をとんでもなく振り回すところとか。


 ――突然消えるところとか。


 胸に甘い痛みが走る。


 今は彼女を深追いしない。ヒカルの知人なら、いずれ会える。


 今度こそ、彼女を手繰り寄せることも可能だろう。



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