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side-B

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69.波乱のオペラ鑑賞【side-B】


 思考がループしている。


 やらなきゃいけないことが山積みなのに、焦って時間ばかりが過ぎていく。


 これから一年くらいかけて実行しようとしていた予言の書計画を、今週の金曜日に完結させようというのだから、土台無理なのは分かり切っていた。


 正直、成功するビジョンが見えない。


 手持ちの札の中から使えそうなものを組み合わせて、なんとかシナリオの体裁を整えたのが、今日の午前中のことだ。


 忍にはざっくりしたプランを伝えたが、まだ荒すぎるし、詰めなくてはならない問題が多い。


 あまり眠れていないし、桜子はすっかり悲観的になっていた。


 もう何をやっても、だめかもしれない……。


 そんな折――ヒカルから「オペラを観ない?」と誘われた。


 桜子は『それもいいかな』と思った。


 オペラは好きだ。


 頭をまっさらにして楽しんだら、何か閃くかもしれない。


 けれどお洒落をする気力も尽きていて、学生服に眼鏡に三つ編みという地味な格好で劇場に向かったのだった。




   * * *




 待ち合わせ場所に久我奏が立っているのを見て、目の前が一気に暗くなった。


 ヒカル、騙したわね……!


 歯噛みするも、あとの祭りだ。


 奏のほうは平常運転というか、そのまま堕天使だった。


 黒に近いダークグレーの三つ揃えに、淡い水色の明るいシャツと、濃い青のタイ。


 ポケットチーフは白。四角く折って一辺を胸ポケットから少し出す、TVホールドという、オーソドックスだが洗練された畳み方をしている。


 基本に忠実なジャケット、ポケットチーフの組み合わせに、ハッとさせる色合いのシャツとタイ。


 ……目が覚めた。目が覚めたし、なんかドッと疲れた。


 つらい。帰りたい……オペラを観たいという気持ちはどこかに吹き飛んだ。


 ふたり、エントランスホールで向き合って立つ。


 まるで足に根が生えたようだ。沈痛な面持ちの桜子に、奏が呆れたように言う。


「お前さ……その格好でオペラ鑑賞に来るとか、酔狂な女だよな」


「放っておいて」


 足元に視線を落とし、このままずっと俯いたままでいたら、飽きて帰ってくれないかなと考えた。


 あるいは――思い切って、ここから逃げ出す? でも足が動くかしら。こんなにも全身がだるいのに。


 床を凝視していると、奏の落ち着いた声が頭の上から降ってきた。


「外見も、内面も、何ひとつ偽る必要はないだろ? ありのままのお前でいれば、俺は一緒にいて楽しいと思う。お前自身が、お洒落は嫌いだっていうなら、別にそれでいいんだ――でも、違うよな? お前は自分自身を偽っている。自分を曲げてまで、なぜそうやって本当の姿を隠すのか、俺には理解できない」


 うるさいな。今、なんて言った? 外見も、内面も、何ひとつ偽る必要はない?


 冗談じゃない――内面なんて、ドロドロのぐちゃぐちゃだわ。無修正でお見せしたら、誰だって絶対引く。あなただってそう。絶対、引くくせに。


「周囲の人間を切り捨てて、そんなふうに殻に閉じこもって」


 奏がお構いなしに続ける。


「いじけたお前を見ていると、苛々する。周りを見てみろ、お前みたいな女はひとりとしていやしない」


 周りを見てみろ――奏の言葉に従って、顔を上げ周囲を見回してみる。


 オペラ鑑賞ということで、皆思い思いに着飾って楽しそうにしていた。


 すぐ近くに立っていた大柄な紳士に視界を遮られたので、視線を前に戻し、ふたたび俯いた。


 泣きたい気分だった。自分が場違いなところに迷い込んでしまった気がした。


 ……私、みっともないわ。


 今夜はTPOに合った格好をしてくればよかった。そうしたらこんなに惨めにならなかったかしら。


 落ち込む桜子に対し、奏が告げたのは意外な言葉だった。


「――胸を張れ。俺にとってお前ほど価値のある女は、どこにもいないのだから」


 驚いて、そっと顔を上げる。


 真剣な、そしてどこか優しさを含んだ瞳で、彼がこちらを見つめていた。


 周囲には綺麗な人がたくさんいるのに、まるでここには桜子しか存在していないみたいに、彼は桜子だけを見つめている。


「……どうして私に構うの?」


 声が掠れる。


「どうしてだと思う?」


「分からないわ」


 桜子は素直に答えた。分からない……分からないことだらけだ。


 乗り気じゃなくて、帰りたかったはずなのに、彼の瞳に自分が映っているのだと思うと、心の中がなんだか温かくなった気がして。


 私……私、こんなふうになったら、だめなのに。そんな資格はないのに。


「だったら分かるまで考え続けろ。俺のことだけを」


 奏が後ろに回していた右手を、こちらに差し出してきた。


 その手にあるのは、白い薔薇の花が一輪。


 桜子の顔が赤くなった。



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