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side-B

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61.仮面舞踏会【side-B】 ・ 前編


 仮面舞踏会には正面から堂々と乗り込んだ。


 今夜は仮面をつけているので、裏口から入る必要もない。


 ――勝負服は緑のドレス。


 このドレスはバックラインにかなり特徴があって、後ろ身頃に大きなリボンが――首の後ろに一カ所、肩甲骨の下に一カ所――計二カ所あるのだけど、その隙間が大胆に開いていて、背中がかなり露出する面白いデザインだ。


 スカート部分はエンパイアラインで優美に広がり、つま先まで隠れる。


 仮面は蝶を模した、白銀の派手なものにした。


 桜子は仮面が好きだ。別の自分になれるから。


 すれ違う人間が、驚いたように足を止めてじっと見つめてくるが、桜子は当然のようにそれを無視して進む。


 背筋を伸ばし、話しかけづらい空気を纏って。


 今回の協力者は、住吉忍、藤森七美、久我ヒカルの三名。


 ヒカルに関してはいつもと同じで、部分的に協力を頼むだけにとどめ、今夜具体的に何をするのかは伝えていない。


 桜子はイヤホン内臓のマイクをONにして号令を出した。


「――ヒカル、元町悠生はどこ?」


『ゴールドとシルバーの電飾飾りがあるだろう? そのそばの衝立の横』


 そちらに足を進めながら、矢継ぎ早に指示を出す。


「夏樹を数分足止めできる?」


 夏樹がすぐに綾乃を探し出してしまうと、今夜のお楽しみが半減だ。


 最優先事項である『元町悠生関連のミッション』を片づけるまでは、桜子は夏樹に注意を払っていられない。


『……うーん、頑張ってみる』


 ヒカルの返しは自信なさげであったが、彼のことだ、おそらくなんとかしてくれるだろう。


 次いで七美に呼びかける。


「七美――頃合いを見て、綾乃に接触――夏樹と忍のことを話題に出して、揺さぶりをかけて」


『了解』


 そして最後に、


「忍、一気にいくわよ」


『任せて。今元町悠生にメールを打ってる』


 マイクを入れたまま、人混みの中を進んで行く。


 元町悠生は複数の男女に囲まれ、気だるい空気を漂わせていた。


 ……ああ嫌だ、この空気。


 相容れないものを感じるが、感情を押し込め、素早くターゲットを確認。


 元町悠生と愉快な仲間たちは、いつものはめを外す時のメンバーにプラスして、その場限りの女の子たちで構成されていた。


 赤いドレスを着た女の子が特に積極的で、浮かれ、はしゃぎ、先ほどから元町悠生に媚びた視線を送っている。


 元町悠生のほうは、今夜の女の子たちが好みではないらしく、どこか退屈そうにしていた。


 桜子は元町悠生の元に歩み寄り、睨み上げるようにして挑発的に煽ってみた。


 言葉はあえて発さない。


 話すとボロが出るからね……この手の経験がないので、無理はしない。


 退屈していた元町悠生は、案の定、突然現れた謎の女に気を惹かれたようだ。


 口元に薄い笑みを浮かべ、仮面越しでも分かる宵闇のようなとろりとした瞳で、絡め取るようにこちらを見つめてくる。


「……会ったことあったっけ?」


 尋ねられ、桜子は返事をせずに、唇を優雅に引き上げた。


 ツ……と指を伸ばし、相手のタイに触れ、向きを直してやる。


 ――その時、彼のスマートフォンに着信があった。


 桜子はこれが忍から送られたメールであることを知っている。


 そしてメールが着信した場合、彼はどうするか?


 元町悠生はボスの嵯峨野重利からいつ業務連絡が入るか分からないので、メールのチェックを欠かさない。送って来るのは嵯峨野重利だけでなく、彼の関係者の場合もある。


 忍はビジネスメールを模して送っているから、元町悠生は内容を確認するはずだ。


「――失礼」


 彼はこちらに簡単に断りを入れてから、指紋認証を解除した。


 それを確認した桜子はイヤホンを二回タップして合図を出した。


 その瞬間。


 会場の照明が落ちた。辺りが闇に包まれる。


 桜子はさっと手を伸ばし、すぐそばにいた赤いドレスの女の子を手元に引き寄せた。


 先ほど元町悠生のタイを弄りながら、体の向きを変え、女の子がいるほうに近づいていたのだ。


 彼女もこちらに対抗意識があったのだろう――退き下がろうとはせず、ジロジロとこちらを見て、その場に留まってくれたので好都合だった。


 彼女を抱き込むと同時に、元町悠生の手首から先を、持っていたクラッチバックでさっと覆い隠す。


 これにより彼が手にしていたスマートフォンの光源が遮られ、さらに周囲が暗くなった。


 赤いドレスの子が狭いスペースに滑り込んだことで、すっかり揉みくちゃになり、停電前まで手元に視線を落としていた元町悠生は、何が起きたのかよく分かっていないようだ。


 緑のドレスの女(桜子)が抱きついてきたと錯覚したかもしれない。


 桜子はずっと彼の対面にいたので、タイミング的にも位置的にも、それ以外は考えられない状況である。


 赤いドレスの女を前に押し出すと、彼女は目の前にいる元町悠生が抱き寄せてくれたのだと考えたようで、積極的にキスをねだっている。


 薄暗がりの中では、対面する者同士でも、互いの顔すら判然としない。


 桜子はクラッチバッグで隠していた元町悠生のスマートフォンを、一気に彼の手から引き抜き、足早に踵を返した。


 背後で慌てたような元町悠生の声と、甘えるような女の声がして、揉み合っているのが伝わってきた。桜子はそれに構わず進む。


 ……ご愁傷さま。


 認証が解除されないよう、画面をいじりながら足早に歩く。


 その光源のおかげもあって、人とぶつかることもなく扉まで行き着いた。


 扉のところに迎えに来ていた住吉忍にスマートフォンを渡す。


「電気は一分後に復旧させるね」


 薄暗い中で、住吉忍の声を聞いてホッと息を吐く。


 やれやれ、これで肩の荷が下りたわ……。


 両手が自由になったので、急いで首の後ろに手を回して、ドレスのリボンを解いた。次いで、肩甲骨下のふたつ目のリボンも。


 手早く緑の布を引き下ろし、片足ずつ持ち上げてドレスをすっかり脱ぎ、くるくると両手で丸める。


 緑のドレスを脱ぎ去ると、その下にあらかじめ着込んでおいた、黒のドレスが現れる仕かけだ。


 作戦上、ドレスを重ねて着込む必要があったので、下に着けるドレスは自然露出が多くなる。


 前見頃はVネックの襟元で、その肩紐が背中側に回ると、真っ直ぐ下に降りるデザイン。


 首、肩甲骨、背骨、腰――といった背中の大部分がパックリと露出している。


 初めに見せるドレスは、元町悠生の気を惹く必要があるので、あまりにダボッとしていても野暮だし、かといってタイトすぎると、下に別のドレスを着込めない。色々と制約が多く、この二種類の組み合わせにはかなり気を遣った。


 結果、特徴的な緑の色と、大振りなリボンが気に入って、一枚目のドレスを決めた。


 苦労して選んだドレスだけれど、役割を終えれば、あとは速やかに片すだけ。


 丸めた緑のドレスと剥ぎ取った仮面をテーブルの下に放り込み、テーブルクロスを整えたところで、場内の明かりが復旧した。


 簡易留めしてアップにしていた髪を解き、軽く首を振る。


 ――これでもう先ほどの痕跡はどこにもない。


 元町悠生が今すぐに仲間を動員し、あらゆる出入り口を見張ったとしても、スマートフォンを持ち去った『緑のドレスを着た女』を発見することは不可能である。


 ああ、疲れた……。


 やっぱり誘惑の真似事をするのは、自分にはちょっとハードルが高い。


 小さく息を吐き、化粧室に向かう。


 今回、電気室には長居ができないので(照明が落ちたあと誰かが復旧のため駆けつけてくるとまずいので)、照明操作を終えた忍は、すぐに化粧室に向かう段取りになっている。


 中に入ると、すでに住吉忍はパウダールームの椅子に腰を下ろしていた。


「……どう?」


「うん、面白いのが見つかった」


 忍はスマートフォンを見下ろしながらニヤニヤしている。


 そんなに時間はなかったはずだし、この短時間で電気の復旧作業もこなしているのに、さすが仕事が早いな……。


 桜子は手を伸ばしながら、


「作業を代わるわ。あなたは夏樹をいたぶってきて」


「えー、あたしに上手くできるかなー?」


「何言ってるの、適任よ」


 そう言ってやると、忍がにんまり笑って椅子から立ち上がった。


 住吉忍の華奢な指が、化粧台の上に用意しておいた『薄青の封筒』を拾い上げた。



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