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55.花園秀行-1  『ジェシーとラリー』


 どうしてこんなことになったのだろう。


 花園秀行は盛大に混乱していた。


 背中から伝わる温かさとか、彼女が身じろぎするたびにブレザーが擦れる感じとか、なんだかもう……。


 ドキドキしているのは僕だけなのか?


 後ろからパキパキ乾いた音がするのだが、もしかしてお菓子を食べている? ずいぶんリラックスしているな、この人。


 ああくそ……英文を和訳してペンを走らせながら、頭を抱えたくなる。


 女子と背中が接触しているせいか、テキストの何気ない英文が、ちょっといやらしい裏の意味を含んでいるように見えてくる。


 ジェシーが『家の暖房が壊れてしまったので、業者に修理を頼まないと。あなたはどう思う?』と言うのだが、これは会話相手のラリーを家に誘っているんじゃないだろうか?


 ラリーは『僕が君の家に行って、見てあげる』と言うべきでは?


 だってジェシーは業者でもないラリーに、『あなたはどう思う?』と尋ねているんだぞ。彼女はラリーが来てくれるのを、おそらく期待している。彼が家に来たら、『寒いから、あなたが温めて』という流れになるのでは?


 それなのに、鈍感なのかラリー……『それは災難だったね、早く業者に頼んだほうがいい。ところで』じゃねえよ。空気読めよ、この意気地なし。


 テキストにイラっとしてしまう。


 平常心をも保てなくなった花園秀行は、そもそもどうしてこんな不可解な状況に陥っているのかを、よく考えてみることにした。




   * * *




 きっかけは、あの奇妙なお願いだった。


「ではあなた、私の姉の下僕になってくださいな」


 西大路綾乃からそう言われた時、どうして簡単にOKしてしまったのだろう。


 口先だけで適当に承諾したわけではなかった。なぜか『それもいいかな』と思えたんだ。


 あの時、漠然とした予感のようなものがあった――ここでどう答えるかで、今後の人生が変わるかもしれない。


 ここで断ってしまったら、絶対に後悔する――そう思った。


 とはいえ彼女の言葉を本気にしたわけでもなかった。実際に、綾乃の姉から何かを頼まれるようなことは、おそらくないはず。


 ――だってそうだろう?


 西大路家といえば、名家中の名家だ。綾乃の姉が困っていれば、率先して助けようとする人間はたくさんいて、庶民の自分がそこに混ざっても邪魔になるだけだ。


 けれどそんな予想に反し、召集命令はすぐに来た。


 それもなんと、翌日の放課後に。




   * * *




 知らない番号からの着信だった。


『私よ』


 誰だか知らないが、いきなりそう言われてもね。


 耳からスマートフォンを離して、念のため画面を確認する。


 やはりそこには番号が表示されているだけで、登録していない相手だ。


 ……誰なんだ? 訝しく思いながら電話を耳の近くに戻すと、相手はすでに喋り始めていた。


『――から、すぐに高等部に来て、それで――』


「あの、ちょっと待ってください。あなたはどちらさまですか?」


 早口に割り込むと、相手は一瞬黙ってから、ぼそりと答えた。


『私は西大路桜子……綾乃の姉』


「え?」


 びっくりしすぎてスマートフォンを落としそうになる。


 お姉さん……?! 口調がイメージと違って、驚く。


 いや、西大路桜子には一度も会ったことがないのだが、妹の綾乃に似ていると思い込んでいた。綾乃がお嬢様言葉を喋るので、彼女の姉も同類かと思っていたら、全然そんなことはなかった。


 桜子の声は低めで、良く言えばクール、悪く言えば可愛らしさがなく、つっけんどんだ。


 全体的に早口であるし、この抑揚のない話し方を聞いて、天真爛漫で華やかな女性を想像するのはちょっと難しい。


 テンポや抑揚に著しく問題がある。――内向的で、俯きながらボソボソ話す、孤独を愛する女子生徒の姿が思い浮かんだ。内向的といっても、繊細で気弱なタイプではなく、こだわりが強くて、ひたすら趣味に生きているような人……。


『で、すぐ来てほしいんだけど、場所は――』


 ふたたび桜子が話し始めたのだが、こちらが戸惑っているのもお構いなしで、ガンガンまくし立てる。


 指定された場所をなんとか頭に叩き込み、


「分かりました」


 と返答する。というか、『Yes』以外の台詞を言えない空気だった。


『ダッシュで来て』


 最後にそう圧をかけられ、ブツリと電話が切れる。


 ……今の、夢じゃないよな。


 スマートフォンを呆然と見下ろしながら、大混乱……けれど『早く行ったほうがいい』と気づいて、足を踏み出した。


 二、三歩ほど進んでから、駆け足になる。


 そう――自分で言うのもなんだが、僕は真面目な性格をしているのだ。


 ダッシュで、と言われてしまったから、馬鹿正直に走ってしまう……そんな自分の下っ端気質がちょっと悲しくなるが、こればかりは性分なのでどうしようもない。


 それに、だ。


 別に嫌々従っているわけでもなかった。桜子の妹である綾乃には世話になったのだし。


 元町悠生からレストランの予約を取れと言われ、手こずっていた時に、通りかかった綾乃が代わりに予約を取ってくれた。それに姉の裕美が元町悠生に無理矢理キスされていた時に、颯爽と現れて助けてくれたらしい。


 それらの恩を思い返せば、ダッシュで高等部に向かうくらいのこと、恩返しにもならない。


 そして高等部に着いた花園秀行は、ついに西大路桜子と対面を果たすのだった。



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