表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約者に愛されない悪役令嬢が予言の書を手に入れたら  作者: 山田露子 ☆ヴェール小説4巻発売中!
side-B

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

54/98

54.それは荒くれ者の度胸試し


 うわ、食べた……!


 桜子が「ひっ」と喉を引き攣らせて固まっていると、ブツを咀嚼していた奏が不意に動きを止め、真顔になった。


 一拍置き、微かに眉を寄せ、視線を彷徨わせる。


「え……どうしたの? 吐く? 大丈夫?」


 ビクビクと様子を窺う桜子に、奏が訝しげに告げる。


「いや……なんだこれ? 不味くない」


「は?」


「意外に味が普通でびっくりした」


 そんな馬鹿な。このビジュアルで不味くないなんて、絶対にありえないから。


 半目になる桜子を見て、奏の困惑がさらに増す。


「お前、まさか味見してねえのか?」


「するわけないでしょう。こんなやばいものを口に入れるなんて、荒くれ者の度胸試しでしょ」


「そんなもんを他人様に食わせるなよ。悪魔かお前」


「あんたが勝手に食べたんでしょ!」


「まあいいや、お前も食ってみ」


 全然話聞かないな、この男……苛々して文句を言おうと口を開いたタイミングで、奏がグイとマフィンを押し込んで来た。


「ふぐ……」


 気づいた時にはもう、淵の部分が歯に当たっている!


 桜子はいやいやするように首を横に振ってみせるが、奏は無邪気な表情でさらに押し込んでくる。


 これはどんな拷問なんだ……顔を顰めながら、渋々端っこのほうを噛み切って咀嚼する。


 うん……あれ?


 味わって飲み込んでから、奏の顔を見上げる。


 ふたり、しばらく無言で見つめ合った。


「な?」


 な、じゃないわよ。でも言いたいことは分かる。


「確かに不味くない。不思議……」


 地球の神秘……。


「でもこれ、中は生焼けだな」


 マフィンを半分に割り、奏がそう言った。


「焼けてないだけだから、もう一回焼き直せば、人が食って大丈夫なものに進化するぞ」


「……何その発見、別段嬉しくないけど」


「おい、食べものを粗末にすんなよ。富豪気取りかよ」


「いや、どっちかっていうと奏のほうが富豪でしょ」


「本物の金持ちは食べものを粗末にしねえんだよ」


 え、そうかなぁ? セレブってパーティーで盛大に食べものを廃棄しているよね。


「そうと決まったら、行くぞ」


 ぼんやり考えごとをしていたら、腕を引かれて戸惑いを覚える。


「どこに行くの?」


「調理実習室だ。これを焼き直す」


「はあ? ちょっと、なんでそんなことをするのよ」


「お前、さっきまでの会話を初めからやり直す気かよ? 面倒だから『富豪気取りかよ』のところから自力で思い出せ」


「そうじゃなくて、嫌だって言ってるの! お昼休みが潰れちゃうじゃない!」


 桜子の悲痛な叫びを聞き、奏が口の端を吊り上げる。


「時間が潰れてよかったな。入学以来、一番まともな時間の使い方だろ?」


「あんたと過ごすとか、最悪だわ」


「まあそう言うな。マフィンを焼き直すあいだに、パンケーキを焼いてやる」


「頼んでないし……ていうか、パンケーキ焼けるんだ」


 何その無駄な能力。呆れる桜子に、奏が小首を傾げて言う。


「昔、シェフに習った。好きだろパンケーキ」


「そりゃまあ……嫌いじゃないけど」


 確かに桜子はパンケーキというものに昔から目がない。なぜだろう……無性に心惹かれるのは、あの丸い形のせいだろうか。そういえば、どら焼きも好きだ。


 奏はもちろん桜子の好みを知っているわけではなく、『女子はパンケーキが好きだろ』という意味で言ったのだろうけど。


 ブレザーのポケットに両手を突っ込み不貞腐れた態度を取る桜子を、奏が眺めおろす。不思議と物柔らかな視線だった。


「じゃあ決まりな、行くぞ」


「えー……」


「もしかすると、お前が使ってたオーブンが壊れていたんじゃないか? 焼き直してまともになったら、それが証拠になるだろう。先生にかけ合ってみろ」


 え……本当に? まさかの『オーブンが壊れていたかも説』は負け犬の耳に大層魅力的に響いた。


 桜子の瞳がピコンと輝いたのを見て取り、奏がくすりと笑みを漏らした。


「お前、その姿を他人に見られるの嫌だろ。誰にも会わない秘密のルートを知っているから、ストレスなく現地まで連れて行ってやる」


 桜子はなんだか照れくさくなり、視線を彷徨わせた。


 降り注ぐ陽光がポカポカと暖かで、風は爽やか。


「今日はいい天気だな」


 桜子の心を読んだみたいに、奏がぽつりと呟く。


 こんな麗らかな日は、大抵のことを許せるかもしれない。


 お昼休みが潰れちゃうけれど……まあいいか。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ