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53.尋問の際は壁ドンすべし、という家訓


 奏に腕を掴まれたまま体育倉庫の裏に連行された。周囲には人っ子ひとりいない。


 桜子を壁際に立たせ、奏は折り曲げてあった紙袋の蓋を押し上げた。


「あっ、なんで勝手に開けるの!」


 口から悲鳴のような言葉が出る。――予想外だ。まさかいきなり中身をあらためるなんて。


 中を覗き込んだ奏が数秒そのまま固まる……それを見た桜子は生きた心地がしなかった。


 やがて彼が口元に意地の悪い笑みを浮かべ、なぶるようにこちらを見おろしてきた。


「不細工なマフィンだな。どうやったらここまで不味そうに焼けるんだ?」


 どストレートなけなし方をされ、苛立ちが湧き上がってくる。


「うるさいな、関係ないでしょ」


 と言った途端、ドン――と音がして、桜子の左耳の横に奏が手を突いた。


 なんなんだ。『尋問の際は、壁ドンすべし』みたいな教えが、久我家に代々伝わっているのか? 腐った家訓だな。


「……手作りの菓子をプレゼント、か」


 奏が呟きを漏らす。


「はぁ? これがプレゼントに見えるの?」


 桜子はムッとして言い返す。こんなものを他人に平気で贈りつけられる人間だと思っている? ちょっと失礼じゃないかしら。


「だってそうだろう?」


「プレゼントなら、こんな適当な紙袋に入れないってば」


「だけど渡すものがあるって、楓を呼び出しただろ」


「え、誰から訊いたの?」


 あなたはたまたま通りかかっただけじゃないの? 桜子は探るように奏を見上げる。


「楓から聞いた」


 あ、あいつ……! 桜子は奥歯を噛みしめた。ベラベラ喋ってんじゃないわよ!


「――で? 楓に渡すのか、渡さないのか、どっちだ」


「渡さない」


「なんでだよ」


「お願い、このマフィンを楓に渡さないで」


 桜子は拝むようにして奏に頼み込んだ。こうなっては恥も外聞もない。


「訳が分からん。じゃあなんであいつを呼び出したんだ」


「本当に渡そうと思っていたなら、こんな面倒なことしないわよ。取りに来いって言えば済む。わざわざこんなことをしたのは、ちょっと複雑な事情があって――」


「気に食わねぇな。ここまでするなんて、お前、やっぱり楓が好きなんじゃねえの?」


「はあ?」


 お願いをするという殊勝な気持ちが消し飛んだ。


「本格的に馬鹿なの? 楓は私の下僕なの。下僕に馬鹿にされるわけにいかないから、それがあいつの手に渡らないようにしたいのよ! とにかくその失敗作を早く返しなさい。日本語通じてる?」


「ばっちり通じた」


 奏はにっこり笑った。笑うと途端に邪気が消えて、とっつきにくさが消えるのが不思議だった。


「じゃあ、お前の言うことを聞いてやるから、交換条件な――今後俺の前では、眼鏡外せ。眼鏡が嫌いなわけじゃないが、お前のはレンズがでかすぎて、眼鏡の印象しか残らん」


 何言ってんだ、当然却下だ。


「嫌よ!」


「あっそう……お前にこれを返さなくていいなら、俺は別にいいけど」


 意地悪くヒラヒラと紙袋を持った手を高く上げる奏。


 それを睨みつけた桜子は、さりげなく壁際から背を離しつつ、隙を窺った。そして奏の腕が少し下がった時を見計らい、ピョンとジャンプして紙袋を奪い取ろうとした。


 ヒラリ――余裕の仕草で奏がかわし、収穫なしで着地した桜子は屈辱に身を震わせる。


 奏が笑みをこぼした。


「ふ……どんくさ」


「おのれ……」


 奏を睨み据えながらタイミングを窺って、もう一度ジャンプ――またヒラリとかわされ、指先が紙袋にかすりもしない!


 桜子は運動神経が鈍いのだ。ジャンプ力もあまりない。


 ははは、と声を立てて楽しそうに笑う奏を見て、桜子は腸が煮え返る思いだった。




   * * *




 その後五回ほど全力でジャンプし、そのすべてが空振りに終わった桜子は、ぐったりと疲れてうな垂れてしまった。


 ――ガサ、と音がしてびっくりして顔を上げると、なんと奏が袋に手を入れて、あのすさまじい形状の焼き菓子を取り出したではないか。


 あれは陽光の下で見るのは非常にきつい。ビジュアル的にアウトだ。


 桜子は思わずうめき声を上げた。


「うう……ちょっと、外に晒すとか、嘘でしょう?」


「嘘でしょう、はこっちの台詞だ。取り出してみたら、とんでもねえ禍々しさだな。いっそスミソニアン博物館に持って行って、展示してもらうか?」


 誰が観るんだよ、こんなもの!


「早くそれを紙袋に戻しなさい! でないと、でないと――」


「――それで、肝心の味はどうなんだ?」


 奏がいきなりマフィンにかぶりついた。



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