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51.地獄の焼き菓子


 調理実習で焼いたマフィンは、地獄の食べものみたいだった。


 どこもかしこも禍々しい。表面は焦げているのに、どうやら中はベチャベチャらしく、全体的に萎れてもいる。


 断末魔を上げているかのように、マフィン上部が裂けて、その下から半生の白い液体が覗き見えていた。


 うわ……怖っ……。


 桜子はドン引きして、それをオーブンにふたたび押し込んで隠蔽しようかと考えたが、すぐ近くで恐ろしい顔をした先生がこちらを見張っているのに気づき、渋々それを外に出した。


 それが外界に降臨した瞬間、周辺数メートルに気まずい沈黙が広がった。


 ……恥ずかしい。なんでこんなことに。


 なまじ金持ち学園であるから、オーブンが人数分完備されているのも恨めしい。班ごとに合同で作りましょう……とかだったら、こんな恥をかかずに済んだ。


 年配の先生が分厚いレンズの眼鏡を外し、たっぷりと時間をかけてエプロンの裾でそれを拭き、ふたたびかけ直して、桜子の作った破裂しかけたスライムもどきのマフィンを凝視したあとで、無言で去って行った。


 隣のテーブルに行くと「良いバターの香りですね」とか言ってる。


 何よ、「躍動感がありますね」とか、無理やり褒めなさいよ。もしくは「あなたはクズですね」って素直に言いなさいよ。ふんだ。


 料理って、美味しく作れれば人をハッピーにできるのに、桜子が生み出したものは不幸しか呼ばない。


 材料もったいないなぁ……食べものを粗末にするとか、本当に私はクズだと思う。




   * * *




 そうそう――『お姉ちゃん頑張ってみたけど、上手くいかなかったわ……ということで無理をするとこじれちゃうから、今後は無理に楓とくっつけようとしないでね』作戦がどんな感じでスタートしたかを話しておこう。


 朝一で住吉忍と深草楓をセットで見かけた桜子は、これ幸いとふたりを暗がりに引っ張り込んだ。


 桜子は忍に訴える。


「助けてほしいの」


 忍はチラリと楓を一瞥してから、こちらに視線を戻した。


「何? 内容によるかな」


 いいよ、別に、とすぐに言わないところが、結構好きだなと思う。桜子は住吉忍の態度になんだかホッとして、少し肩の力を抜いた。


「そんなに面倒な案件じゃないの。今日調理実習で、マフィンを作るでしょう?」


 桜子と忍はクラスが別なのだが、特別教室を使う科目は、合同での授業となる。


 忍が瞳を瞬く。


「そうだね」


「ちょっと事情があって、私、今日の授業で焼いたマフィンを、楓に渡さないといけなくなったの」


「えっ」


 横から驚いた声で割り込んで来たのは楓だ。


「桜子が俺に手作りのお菓子を?」


 桜子はため息を吐いて、楓を見上げる。


「そうなのよ、悪夢でしょ。だからこうしてあなた方を朝から捕まえたってわけ」


「……悪夢なの?」


「なんで私が楓に、マフィンを渡さなくちゃならないのよ。冗談じゃないわ」


 プリプリ腹を立てる桜子に向かって、楓の右手が伸びてきて、中空を彷徨っている。……おい、なんだその手は。


 面倒事が山積している桜子のフラストレーションはMAXに達していた。


 忍がくすくす笑う。


「そんなに嫌なら、渡さなきゃいいじゃない」


「そうしたいよ、私だって。だからそのための作戦を一緒に立ててほしいっていうか……」


「あのさ」


 と楓が眉を優美に顰めて、ふたたび会話に入ってくる。


「そんな面倒な作戦やめて、普通にくれればいいだろう。俺は桜子がくれるものなら、なんだって喜んでいただくよ」


「うざっ……もうあんたは黙っていて」


「大概ひどいな、桜子……」


 痛ましさをこらえるような上品な顔をしているが、どこもかしこもうさんくさい。


 瞳の奥がなんとなく愉快そうというか、「何かたくらんでいるだろう」と言いたくなる。


 このまま全力でいじめ倒すと、急に転調して、潤んだ艶っぽい瞳で見てくる時があるから、本当に勘弁してほしい。スイッチがどこにあるのか分からないので、できるだけ楓とは関わりたくない。


 腕組みをした桜子は苛々と靴のつま先で床を叩いた。


「ねえ、楓。私、このあいだのこと、まだ許してないから。今日も本当は話しかけたくなかったけど、状況が本当にひっ迫していて、渋々だからね。あれこれ言ってさ、これ以上私を面倒な気分にさせないでくれる?」


「ごめん、このあいだのことは謝るよ」


 それでまたお得意の、誠意のこもっているふうの優美な顔を作るもんだから、腹が立って仕方ない。


「うるさい、謝罪しないで。謝罪されると、まだむかついているのを自覚する。絶対、許さないから」


「じゃあ、殴ってくれ。桜子の気が済むなら」


 澄んだ湖面のような清廉な瞳を向けてくる楓は、桜子にとって悪夢そのものだった。全身に鳥肌が立つのを感じ、数歩下がってから告げる。


「あー、やっぱりあんたと直で話すの無理だわ、生理的に無理」


「ひどいな。俺だから許すけど、ほかのやつにそんな乱暴なこと言っちゃだめだよ」


「もうあんたは黙って――忍」


 助けを求めるように視線を忍に向けて、早口で告げる。


「詳細はあとでメールするわ。その内容を楓に伝えといて」


「ええ? そのメール、俺も宛先に入れてくれればいいと思うんだけど」


「無理。もう関わりたくない」


 ダッシュでその場を逃げ出したのが朝のこと。


 そして現在、昼休み――桜子は出来損ないのマフィンを紙袋に乱雑に放り込み、決戦の場――綾乃に指定された体育倉庫前に到着したのである。



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