49.夏樹へのざまぁならず
そうなると、望遠レンズのついた高性能カメラが必要だ。
カメラは一応車に用意してあるが、それはもっと近い距離の被写体を写すことを想定している。今回のケース……一キロはないとしても、数百メートルは離れているから、プロ用じゃないと厳しい。
そして機材が一流だったとしても、周囲が暗いことや、ガラス越しという条件を考慮すると、ちゃんと撮れるかどうか疑問だ。
できれば撮影自体もプロに任せたいが……さて、それらをどうやって手配するか。
とりあえず、住吉忍と合流する必要がある。イヤホン内臓のマイクを手で押して、オンにした。
「――忍?」
話しかけても応答がない……何か緊急事態でも起きたのだろうか?
部屋を出て、一緒にエレベーターに乗り込みながら、奏がこちらを見おろして言う。
「住吉忍か。会場に行って、俺が連れて来る」
桜子が「忍」と呼びかけたのを聞いただけで、すぐに相手が住吉忍であると分かったようだ。……彼女と手を組んでいることも、この男はお見通しなのかしら。
食えない男だと思うと半目になるが、提案自体はありがたい。
桜子自身がパーティー会場に正面から乗り込むのは気が進まない。できれば学園の生徒に、この姿を見られたくなかった。
奏にはスイートを手配してもらって、さらに住吉忍も連れて来てもらうとなると、ちょっと頼りすぎな気もするが、仕方ないか。
少しだけ迷ったが、結局は甘えることにした。
「……ありがと、じゃあそれもお願いするわ」
「素直だな」
「うるさい。……せめてカメラだけは、私が手配するから」
そう言うしかなかった。しかし桜子独自のコネだと、即入手の方法が思いつかない。
ならば、できそうな相手に頼もう……てことで、すぐに思いついたのが、ヒカルの顔だった。
そうこうしているうちに、ふたりを乗せたエレベーターがパーティー会場のフロアで止まる。
「じゃあな」
「あとで合流しましょう」
奏がひとりで降り、桜子は箱に乗ったまま地階へ向かった。
駐車場フロアに出て、車に向かいながらヒカルに電話をかけようとした時、イヤホンに住吉忍の声が入って来た。
『一応、知らせておくね――たった今、紫野夏樹がこのホテルに着いた』
手短に告げ、すぐに切れる。
舌打ちが出そうになった。あいつ、まったくなんてタイミングで来るのよ……!
忍は紫野夏樹に関する状況確認に追われて、先ほど応答できなかったのかもしれない。
今ならマイクをONにすれば、こちらの事情も伝えられるが、どうせ奏が迎えに行っているのだから、手間を省こう。
それよりも紫野夏樹をどうするかだ。
来てしまったものは仕方ないが、今夜、綾乃のエスコートはヒカルがしている。三人で鉢合わせした際に、変な空気になるのもよくない。
考えた末、ヒカルにあの子を逃してもらうことに決めた。
夏樹め……綾乃に会いに来たんでしょうけど、結局会えないなんて、ざまあみろだわ。
桜子は意地の悪い笑みを浮かべた。
ヒカルに電話をかけ、すぐに相手が出たので用件を伝える。
「妹と一緒にいる? 紫野夏樹がすぐそばまで来ているから、綾乃を裏から逃がして」
『やれやれ……了解』
「それと、プロが使う望遠カメラを手配できない? 向かいのホテルから、このホテルの客室を撮りたいの。プロのカメラマンもいると助かる」
『うーん……なんとかなると思うけど、何分後に必要?』
「今すぐ」
『分かった、じゃああとで』
業務連絡を手早く終えて、電話を切る。
ほどなくして、奏と忍が連れ立って地階に降りて来たのだが、忍が開口一番、
「――ねえ、あなたの妹さんピンチみたいよ」
と告げてきた。
「どうして?」
「会場に入った紫野夏樹が追いかけて行った。私のほうで妨害を試みたけど、失敗。あの人混みでよく綾乃ちゃんのこと見つけたなって、感心しちゃったわ。で――今頃ヒカルと妹さんと夏樹で顔を突き合わせて、修羅場じゃないかな。バックヤードにいるはず」
今度こそ舌打ちが出る。まったく忌々しい。
修羅場なんて綾乃が可哀想だし、何よりも、ヒカルに望遠カメラを頼んでいるので、早急に解放してやらなくては。
「ちょっと行ってくる。すぐ戻るから」
「そこにある階段を使って。直接出られるから」
彼女の指示に従って駆け出す。
そのあとは紫野夏樹に圧をかけて仲裁、裏でヒカルをピックアップし、向かいのホテルのスイートにプロのカメラマンごと連れて行って――とスパイ映画まがいのことをした。
ところで本ミッションとはまるで関係ないのだが、この日は奏とヒカルがふたりでいるのを初めて見たのだが、意外に兄弟仲が良くて驚いてしまった。
もっと険悪な仲だろうと、勝手に思い込んでいたのだ。
奏は個人主義で、家族の情などなさそうなイメージだし、ヒカルはこだわりが強くて、兄に懐くようなタイプにも見えなかったので、きっと冷え冷えした兄弟関係に違いないと思っていた。
しかし蓋を開いてみれば、奏はヒカルに対し、かなり気を許しているようだった。
ヒカルはヒカルで肩の力を抜いて、なんだかんだと生意気を言いながら、奏にじゃれついていたので、兄のことを慕っているのだなと分かった。
……あれ?
そういえば奏は友人の深草楓といる時も、案外親身な気がするから……もしかするとこいつが感じ悪いのって、私といる時だけだったりして?
しかしまぁ、今日は久我家の麗しい兄弟愛のおかげで、こうしてワンフレームに元町悠生と嵯峨野京子を収めることができたから、よしとしようか。
正直、写真のできは今ひとつで、これ単体だと切り札としては弱い気もした。
同じ部屋に元町悠生と嵯峨野京子がいるのは判別できるのだが、互いに距離が離れているし、表情もよく分からない。
元町悠生が、
「鍵を奥さんに渡して、すぐに部屋から出た」
と言い張れば、それだけの場面にも見える。
あと一押しがほしい……次に打つ手を真剣に考えていると、傍らに立っていた奏が呆れたような、それでいて案ずるような視線でこちらを見おろしているのに気づいた。
「お前って、ほんと……」
「何よ?」
「いや……難儀な性格しているよなぁと思って」
それがまた馬鹿にするような調子でもなく、まるで友人に対するような言葉に感じられたので、桜子は困ってしまった。
「……あなたほどではないと思う」
困ってしまってこの返しというのも、我ながらどうかと思ったが、奏は一瞬目を瞠り、
「かもな」
と呟いて、目を細めてくすりと笑った。
……変なやつ。
なぜか桜子はどぎまぎしてしまい、いつもの調子が出ないまま、その日は解散となった。




