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婚約者に愛されない悪役令嬢が予言の書を手に入れたら  作者: 山田露子 ☆ヴェール小説4巻発売中!
side-B

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46.潜入


 桜子の鼻のつけ根に皴が寄る。


「うるさいな、『彼』が来ちゃうじゃない、早くどっか行ってよ!」


「まだ続けるのか、その『彼』と付き合っている設定――痛々しいぞ」


「設定じゃないですー」


「はいはい、分かった分かった。じゃあ部屋に入ろうぜ」


 奏が部屋のドアを開けようとするので、桜子は焦った。


「はぁ? 待ちなさいよ、私だけ入るから――」


「だめだ」


「あなたの許可はいらないのよ」


「だめだ、つーの」


 地獄に堕ちろ……! 桜子は心の中で悪態をついてから、ハッと我に返った。


 こんなことしている場合じゃないのよ。


 もうこの男は無視だ。無視無視。


 奏を肘でブロックしつつ、扉を開けて室内に入る。


 それで、入ったあとに。


 何がどうなったのか分からないのだが、横から肩を押されたと思ったらクルリと視界が回り、気づけば扉に背中を押しつけられた。


 奏が目の前に立っている。


 いや――立っているというよりも、ほとんどこちらに覆いかぶさっている。手を扉に突いているので、なんだか際どい体勢だった。


 なんなのこれ、拷問でもするつもり?


「ちょっと、なんであなたまで入って来るのよ!」


「お遊びはここまでだ。嵯峨野重利、元町悠生――どっちでもいいが、どっちも俺の獲物だ。譲れ」


「嫌よ。私がこれからすることは、深草楓のためにもなるんだから、そっちこそ退きなさいよ」


 あなたたち、親友でしょ? 親友を助けようとしている相手に、敬意を払ったらどうなのよ。


「お前は楓のなんなんだよ、別に好きでもねえだろ」


「それは別に好きでもないけれど――ってあなたに関係ないし」


 色々あるのよ、なんでも色恋沙汰で動くわけじゃない。奏に説明する義理もないけどね。


「大いに関係あるね」


 き、距離が近い……! 唇があと数センチでくっつきそう!


 さすがハレンチな男は他者との距離感が馬鹿になっている。桜子は動揺を悟られまいとして、眉間に力を入れてまくし立てた。


「なんで関係あるのよ、あなた、楓が好きなの? 止めはしないけれど、望みは薄いんじゃないかしら」


 確か彼は女性が恋愛対象なんじゃない?


「もう黙れ、お前」


 押し倒してやろうか、こいつ……という低い呟きが漏れ聞こえてくる。


 本当になんなの。この男に時間を割いている場合じゃないのよ。


 こうなったらもう奥の手を使うしかない。


「奏、お願い……邪魔しないで」


 目の前にあるジャケットの襟を掴み、懇願するように訴える。傲慢な俺様男には下手したてに出るに限るのだ。


 すると奏が呆気に取られた顔つきになった。瞳に驚きの色が浮かび、こちらをただ見つめ続ける。


 彼の髪は闇の色なのに、瞳は色素が薄い。距離があまりに近いから、虹彩の色まではっきりと確認できてしまう。


 ……あら? なんていうか……予想していたリアクションと違う。


 訝しく思う桜子であるが、この男に関しては深く考えても無駄なので、話を先に進めることにした。


「言うことを聞いてくれたら、後日学食で何か奢るから――ね?」


 現金で解決してもいいけれど、当家より持っていそうな相手にそれを与えるのはなんだか納得がいかない。そんなわけで何か奢ると言ってみた次第だ。食事を奢られて嫌な気がする人間はいないだろう。


 ん……なんで返事がないの?


「ちょっと、嫌なの?」


「……嫌じゃない」


「ランチ一回でOK?」


「ひと月」


「うわ、図々しい! 私にたかる気?」


「二回目以降は俺が出す」


「え、いいの?」


「うん」


 これ、何かの罠……?


 すっかり腑抜けになってしまった奏の肩をおそるおそる押してみると、簡単に下がらせることができたので、その傍らをするりと通り抜け、奥に進む。


 随分いい部屋を取っているなと思った。しかし目的は部屋の見学ではない。


 部屋に運び込まれている荷物――あれだ。


 桜子はスーツケースを持って、ベッドルームへ向かった。それをベッドの上におろしたところで久我奏が追って来た。


「……お前を追い出すのは諦めたが、俺にも一枚噛ませろ」


 出て行く気はない、とおっしゃる。舌打ちしたくなったが、なんとか我慢した。


 スーツケースを開けて中をあらためてみると、明らかに女性の荷物である。


「え? 嵯峨野重利の荷物じゃない……」


 ということは、逢引相手の荷物か。


 嵯峨野重利の女? あるいは、元町悠生の女?


 身元が分かるものを探そうと、スーツケースに手を突っ込んだところで、遠くで客室の扉が開く音がした。それと同時に女の話し声が響く。


「悠生? 私はもう部屋にいるよ――そう、悠生がくれたキーで入った。ひとつずつキーを持っていると、便利ね。先にシャワー浴びて、待っているから」


 鼻にかかった声で「ふふ」と笑う女。気配が段々こちらに近づいてくる。


 桜子は唇を噛んだ。――元町悠生はホテルからキーをふたつ借りていたのか。ひとつは女のほうにあらかじめ渡してあったようで、そのせいで今、結構ピンチだ。


 桜子と奏はふたりで協力してスーツケースの蓋を閉め、それを手早くベッドの前に置き、それから――


 どこかに隠れないと……と思っていると、腹を後ろから抱えられ引っ張られた。


 うっ……と声が出そうになるのを根性でなんとかこらえた。


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